吉本ばなな「生きてるってそんなに悪くないって伝えたい」生と死のあわいに心が揺れる怪談集『ヨシモトオノ』【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2025/5/23

ざらっとした手触りを残すためにあえて文章を崩していく

――『ヨシモトオノ』を書く中で、ご自身のテーマの原点に立ち返るような思いもありましたか?

吉本:テーマはそうではないんですけど、原点ということでいうと私は短編・中編作家なので今回、思う存分、好きな長さで書けて嬉しかったです。皆さん、むやみに「7万字書いてください」とか言いますけど、「そんなの無理!」と思って(笑)。長編ももちろん書けますけど、私は、長いほど良くなるタイプの小説家ではないので。反対に短編は、誤解を恐れずに言うと、うまく書けすぎちゃうから気を付けなきゃいけない得意さなんです。だから今回、ところどころ、でこぼこさせたり雑にしたり、変な工夫を凝らして、このぐらいの荒さにしました。

――きれいにまとまった良い短編になるところを、崩していかれたわけですね。

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吉本:それは今回、結構ありました。「わぁ、うまくて、おもしろ!」みたいな感じになるけど、「こんなの、読んだってしょうがないよ」って。それって、誰の心にも何も残らないと思うんですね。だからわざと6行増やしたり、バランスを崩したりしました。ざらっとした感覚が周辺を印象づけることがあるし、「ん?」っていう引っ掛かりが残るほうが、小説としてはいい。怖さを強調したければまた別の書き方があるけど、そうではなくて、「生きてるって、そんなに悪くないんじゃない?」っていう方向に持っていくための仕掛けをしましたね。

 でも得意なジャンルなだけに大変でした。得意なことを得意なように書いたらラクだろうなと思ったら、全然ラクじゃなかった(笑)。

――思いのまま書けば良い作品ができるかもしれないけど、そうはしないわけですね。

吉本:その書き方だと、3作ぐらい書いたらそのラクが極まって、本人も周りも退屈みたいな状況が生じると思うんです。特に、自分が退屈したらおしまいだから。本当に、小さいことですけどね。ビル倒壊!とか、新幹線激突!みたいなジャンルに憧れるけど、これが私の持ち味だからしょうがないです(笑)。

心の深いところにアクセスできるのが小説の魅力

――小説の力や、小説でしかできないことは何だと思いますか?

吉本:潜在意識にアクセスできることですね。たとえば映画だったら、主人公の顔もハッキリしているし、情報量が多すぎるから、その人のものにならなくて。小説は情報量が限られている分、読者が補えるものが多くて、それが物語や文字の力かなと思います。

 だから小説って、悪くも使えるんですよね。でも、悪く使わないっていうのが、私の一番大切なポリシーです。読んだ人をめちゃめちゃ怖がらせてイヤな気持ちにさせて、1週間、どん底に落とすこともできるけど、それはしないのが、私のせめてもの人類愛です(笑)。読んだ人に、「人生、ちょっといいな」って思ってもらえるような余地は残そうと思っていますね。

――次に書きたいものや、今、関心のあるテーマは何ですか?

吉本:今、書いているのはシリーズもののスピンオフなんですけど、やっぱり怖い話です(笑)。それと時代が求めているからだと思うんですけど、子どもの虐待ですね。これに関しては、何回書いてもうまく書き切れないから、まだ書くんだろうなぁって思います。

 それと最近、『片思い世界』という映画を観て、坂元裕二さん(同作の脚本を担当)も時代の変化を感じてるんだなって思いました。若い人たちの間で、本当に仲のいいグループが存在しうる時代になったんだって。私たちの時代は、争いが軸にあったから。隣にいるけど一番のライバルとか、心の中はわからないみたいな時代だったのが、完全に変わって。人との違いも受け入れられているし、でもその代わり、グループ以外にはすごく用心深い。そういう今の時代のリアリティに私も興味があるので、いずれ書きたいなと思いますね。

文=川辺美希、撮影=島本絵梨佳

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