「どちらかが死ななければならない」生き残るのは兄か、弟か――。北方謙三、不朽の名作「日向景一郎シリーズ」最終巻『寂滅の剣』【書評】
PR 公開日:2025/5/20

ついに、宿命の兄弟対決を見届ける時が来た。『寂滅の剣 日向景一郎シリーズ 5<新装版>』(北方謙三/双葉社)は、剣豪小説として名高い不朽の名作を5カ月連続で復刊させた、その最終巻である。
1巻から私も夢中になって読み進めてきたが、読後の感想を先に述べさせてもらいたい。
――絶句してしまった。
このラストを想像していなかったわけではないが、そうならないでほしいと強く願っていた。だが、全ては終わってしまった……。こんなにも激しい脱力感に襲われた作品は久しぶりかもしれない。
前作からおよそ5年が経ち、森之助は20歳。「どちらかが死ぬ」と宿命づけられた兄との立ち合いが行われる、約束の時であった。
二人を薬種問屋の寮に住まわせ面倒をみていた店主の杉屋清六や、伯父の鉄馬など、長い付き合いの者たちは兄弟対決を見届けたい気持ちもありつつ、もはや戦う意味などないのではないかと疑念を呈するようになる。
しかし景一郎と森之助に、闘う以外の選択肢はない。景一郎は森之助の父を斬った時から、森之助は産まれた瞬間から、二人の宿業――決して避けられない運命は決まっていたのである。
その矢先、杉屋清六が何者かに命を狙われる。
杉屋は薬種の扱いを生業にする老年の商人だが、自ら剣術道場を建て、鉄馬や景一郎に師範(師範代)を任せ、自身も剣術を習うようになっていた。その道場に、これまでとは毛色の違う道場破りが現れるようになったのだ。
また剣豪だけではなく、軽業のような奇態な技を使う集団にも杉屋が襲われた挙句、その頭領と思われる人物が老中・土井利位の屋敷に出入りしていた……など、何やらきな臭い状況となっていく。一方で杉屋も、景一郎や森之助を常に護衛させ、自らの周りに手練(てだれ)を集め始める。
杉屋には大きな秘密があった。彼は、禁制品とされているが、巨万の富を生む“ある物”を、大量に隠して持っていたのだ。強大な権力から杉屋を守るため、景一郎と森之助はその剣を振るう――。
……というのが、本作のあらすじである。
一介の商人でしかない杉屋の「意地」と、幕府の最高権力者たちの「意志」のぶつかり合いも本作の読みどころなのだが、そちらを堪能していると、息つく暇もなく、ラストの兄弟の対決が始まってしまう。結末はぜひ、ご自分で見届けてほしい。
最後に少し考えてみたい。なぜ二人は悲劇的な運命を受け入れたのか。杉屋は、こう語る。
景一郎は森之助という「自分が斬る相手」を20年間育てたのか。それとも「自分を斬ってくれる相手」を育てたのか、と。
人智を超えた剣豪である景一郎は、本来とても臆病な少年だった。彼にとって生きていることは恐怖でしかなく、その恐怖が度し難いがゆえに、最強になったのだ。だからこそ彼はずっと、自分を斬ってくれる相手を欲していたのだろう。
……だとしたら、この結末は残酷過ぎるのだが――この絶望もまた、本作が不朽の名作として読まれ続ける一因なのだと、強く感じた。
文=雨野裾