派手な事件は起こらないミステリー短編集。日常の小さな謎が絡み合い、驚きのラストを迎える『空をこえて七星のかなた』【書評】
PR 公開日:2025/5/26

『空をこえて七星のかなた』(加納朋子/集英社)は、星や宇宙にまつわるモチーフをちりばめながら、日常に潜む小さな謎や驚きを描いた短編集だ。物語はすべて独立しているが、人々の心の奥底にある希望や愛といったあたたかな感情でゆるやかに響き合い、読者の感性によって物語同士が星座のように結びついていく。
タイトルにもある“七星(ななせ)”は、冒頭作「南の十字に会いに行く」の主人公の名前だ。間もなく中学生になる七星は、突然父から誘われた石垣島旅行に最初は戸惑いを見せるが、自身が調べて予約した星空バスツアーを楽しみに現地に向かう。そこで出会った旅人たちと会話を重ねるうちに、やがて七星自身も知らなかった旅の本当の目的が浮かび上がり、驚きの展開へと導かれていく。
この短編集では、殺人事件のような派手なトラブルは起こらない。だがどの物語にも、読者の心に小さな引っかかりを生む“謎”が仕込まれている。その違和感を追いかけるうちに、思いがけない形で真相が明かされる展開が面白い。それはミステリーの快感であり、静かな物語のなかにも確かな謎解きのよろこびを感じ取れる。
なかでも印象深かったのは、「木星荘のヴィーナス」である。祖父が遺した木造アパート・木星荘で静かに暮らす祖母のもとで同居する、主人公とその両親。アパートの入居者として三つ上の従兄がやってきたところから、物語は始まる。従兄が住むことになった部屋には、以前すこし風変わりな人物が暮らしていた。主人公は従兄の新居を整える手伝いをする中で、その住人について語り始める。
この一編はおだやかで慎ましやかな生活の細部が繊細に描かれ、読んでいて匂いや手触りすら感じられるようだった。ノスタルジーに包まれた情景のなかに、時を超えて届く想いが重なり合い、あたたかい余韻が静かに残る。意外性のあるラストも控えているが、心臓が跳ねるような驚きではなく、じんわりと胸に沁みる種類のものだ。読了後には、登場人物のその後をそっと想像したくなる。
全編を通じて、星や星座にまつわる知識やエピソードは人と人をつなぎ、物語を動かすきっかけになっている。星という存在のもつ多面性やロマンが、静かに、けれど力強く浮かび上がる。
ちなみに私が本書を読み終えたのは、ちょうど晴れた夜のことだった。そのまま近所を散歩して、田舎の夜空に瞬く星々をぼんやりと眺めた。空に隠された秘密を探すように、そこに自分なりの物語を重ねていた。そんな気持ちになれたのは、この一冊が星空を見上げるまなざしを取り戻させてくれたからだと思う。自分を導く光のような物語を探している方に手に取ってほしい。きっとあなたの心にひときわ強く瞬く一編が見つかるはずだから。
文=宿木雪樹