ホラー×ミステリーの名手・三津田信三が仕掛ける新たな恐怖! 歩き回る死者、迫り来る首無女… 臆病探偵は、その謎を合理的に解き明かすことができるのか【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2025/5/30

歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理(角川ホラー文庫)
歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理(角川ホラー文庫)三津田信三/KADOKAWA

 怪異の存在なんて、合理的な説明で、すべて否定できるはずだ。――いや、本当にそうだろうか。多くはそうかもしれないが、その一部にはきっとホンモノがいるのではないか。信じたくはないが、この世ならざるものが絶対紛れている。ホンモノの怪異はニセモノに囲まれながら、ひっそりと息を潜めている。

 読めばそう思わずにいられなくなるのが、『歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理(角川ホラー文庫)』(三津田信三/KADOKAWA)。ホラー×ミステリーの名手、三津田信三氏による「刀城言耶」シリーズの姉妹本だ。本書は5編を収載した連作短編集だが、その主な舞台となるのは、刀城言耶が講師を務める大学の怪異民俗学研究室、通称「怪民研」。だが、肝心の刀城言耶は不在で、研究室の留守を任されている若い作家がこの物語の探偵役となる。そんなあらすじを知ると、シリーズのファンは「刀城は出てこないのか」と少し寂しく思うかもしれないし、シリーズを未読の人は「シリーズを読んでいないけれど楽しめるだろうか」と疑問に思うかもしれない。だが、そんな心配は無用。この本は「刀城言耶」シリーズとは違うゾクゾクを味わわせてくれる。シリーズの既読・未読を問わず、ホラーやミステリーを愛するすべての人におすすめできる1冊なのだ。

 表題作である第1話「歩く亡者」は、10歳の少女・瞳星愛が体験した禍々しい出来事に始まる。瀬戸内にある波鳥町の「亡者道」と呼ばれた海沿いの道で、愛は逢魔が時、死んだはずの男に遭遇し、その顔を覗き見てしまった。8年後、大学生になった愛はその体験を語るべく、「怪民研」を訪れるのだが……。

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 この本には、寒気を感じさせられっぱなし。迫り来る首無女、目貼りされた座敷婆、腹を裂く狐鬼、薄気味悪い家、棺桶から這い出る死人、両耳まで口が裂けている口食女……。「怪民研」に持ち込まれる怪異譚の数々は、そのどれもが恐ろしく、何度叫び出しそうになったか分からない。実際に怪異と出くわしたような緊張感に思わず息を飲み、全身の肌が粟立つ。

 そして、そんな怪異の謎に挑む、刀城言耶の助手・天弓馬人の姿からすぐに目が離せなくなる。天弓は「怪民研」から動かず、そこにもたらされる怪異譚をその場で解こうとする、いわば安楽椅子探偵。さぞかしオカルト好きなのかと思えば、天弓は大の怖がりで、この世ならざるものの仕業としか思えない話を聞くたびに顔は真っ青。怪異譚をそのままにしておいてはあまりにも恐ろしいから、そこに合理的な解釈をしようと試みるのだから、刀城言耶とはまるで違う探偵像だ。天弓がどうにか辻褄を合わせようと次々と仮説を生み出していけば、瞳星愛が関西弁でそれを否定していくのはおかしい。さらに、愛は天弓の臆病さを面白がってわざと怖がらせようとさえする。そんなふたりのやりとりには、思わず吹き出してしまう。

 やがてふたりは、あれやこれやと言い合いながら、民俗学的な解釈も交えつつ、合理的な結論に辿り着く。その思いがけない真相、張り巡らされた伏線には誰もが驚かされるに違いない。しかも、種明かしがされても、語られた怪異譚は恐ろしいまま。たとえ怪異が人為的なものだとしても、その背景、人々の悪意に震え上がらされるのだ。おまけに、天弓と愛はすべての謎の解き明かしに成功する訳ではない。どう考えても解き明かせない部分が残るのが何とも不気味。「やっぱり怪異の仕業では」という思いが捨てきれない。

「刀城言耶」シリーズとの関連も深いのもファンには嬉しい。「もしかしてこれって」とシリーズとのつながりを感じさせられる場面が多々あるのに加えて、ラストで明かされる、ある人物の正体は驚愕。また、「刀城言耶」シリーズを読んでいない人も、この本をきっかけにシリーズが気になってたまらなくなるに違いない。「刀城言耶」シリーズを読んでいようが、未読だろうが楽しめる、極上のホラー×ミステリー。読み終えた後も、そばに漂う、この不穏な気配を、ぜひともあなたにも体感してほしい。

文=アサトーミナミ

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