脱出ゲーム中に殺人事件発生!? 16万字の初小説が話題になった三日市零さんに聞く「読者参加型謎解きミステリー」の楽しみ方【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2025/5/30

著者の三日市零さん
著者の三日市零さん

 2025年5月にスタートした文庫レーベル「ハーパーBOOKS+」の第一弾に登場した、注目の若手作家・三日市零さんの『魔女の館の殺人』。脱出ゲームの最中にリアルな殺人事件が起きる物語は、新感覚の「読者参加型謎解き」が魅力だ。新作についての思いを、三日市さんにうかがった。

人生で初めて書いたほんとうのデビュー作!?

——まず初めに、この物語は、どんなところから立ち上がったんでしょうか?

 この話は私が人生で初めて書いた小説なんです。とりあえず自分の好きな分野なら書きやすいだろうと脱出ゲームを舞台にしたんですが、それなら謎解きの問題も必要だ、じゃあこれやってあれやって……みたいな感じで書いていきました。

——三日市さんが一躍Twitter(現X)で注目をあびることになった(注)、あの作品ですか?
(注:友人の二個さんが「友だちが初めての小説で16万字書いたらしい」とツイートしたところ1万6000件超のリツイート7万5000件超件の「いいね」を集めた件)

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 そうです、これがその時に書いていた作品です。

『魔女の館の殺人』
『魔女の館の殺人』(三日市零 / ハーパーコリンズ・ジャパン)

——なんと! では、本作がほんとうのデビュー作みたいなものなんですね!? この物語は今までどうされてたんですか?

 特に何も考えずに書いたものだったんですが、バズったらいろんな方がアドバイスをくださって、webで公開する前に公募だろうということで、ちょうどタイミングが良かった文学賞に出しました。結果、一次は通過したものの、そのままになっていて……。

——それが今回の出版元であるハーパーコリンズさんと繋がったわけですね。

 去年の夏に「新レーベルを立ち上げるので執筆してほしい」とご連絡をいただいたんですね。その時はがっつりキャラミスを書いていたので、てっきりそちらかと思ったら、「できれば最初に書かれたという本格ミステリーもので」と言われて。「あれ? あの作品まだ行き先決まってないですけど……」ということになって。

——なんという巡り合わせ!

「え、本当?」という感じで、だいぶびっくりしました(笑)。やっぱり最初に書いた小説なので思い入れもありますし、世に出るチャンスができたのはすごくありがたいことでしたね。当初は読者を想定していなかったので、出版にあたっては担当編集者さんに一般向けにチューニングするお手伝いをしていただきました。

「脱出ゲームオタク」の部分がつい出てしまった

——最初の作品にはご自身のコアというか、“らしさ”がより出たりしませんか?

 たしかに脱出ゲームマニアたちの心情というかスタンスというか、キャラクターの思考回路みたいなものはほぼ私のプライベートに近いですね。その意味では私のオタク部分が出ている感じで若干恥ずかしかったりもします(笑)。

——ちなみに「脱出ゲーム」のどんなところがお好きなんでしょう?

「閉じ込められました」とはいうものの、すごく安全な環境下で、適度なストレスの中で頭を回転させて、成功しようがしまいが達成感を味わえることですね。成功したらちょっと頭が良くなった気にもなります。最近は忙しくて全然いけてないので、家で楽しめる謎解きグッズでストレス発散していますが。

——今回、小説の中に大きな脱出ゲームを作ったわけですが、ゲームを「作る側」の視点に立ってみていかがでしたか?

 挑戦者の立場では無責任に「ちょっとこの解き筋、納得いかないよね~」なんて言いたい放題でしたが、いざ自分で作るといろいろ制約があることに気付かされて……特に苦労したのは別解を潰すことでしたね。解答が複数出てしまうといけないので、別の方に解いてもらったり、忘れた頃にもう一回解いてみたり。これを書いたことで作問者とか、裏側のスタッフさんとかに思いを馳せるようになったので、ある意味、消費者的な楽しみ方ができなくなってしまった感じはあります。

——ズバリ解く側と作る側、どっちに向いていると思います?

 私は長考派であまり瞬発力がないタイプなので、実は時間制限のある脱出ゲームにはあんまり向いてないんです。家で解くような謎解きは時間制限がないのがいいので、おそらくプレイヤーよりは仕掛ける側の方が向いているかもしれません。

——そして、その感性がこういう物語をいきなり作らせてしまったのかもしれませんね。

 本人としてはノリノリで書いていただけなんですが、なんでいきなりこの量を書けたかは自分でも分 からないです。ただ、書いててめちゃめちゃ楽しかったです。

——ゲームに読者をあえて試す感じがあるせいか、読みながら「作者さん、楽しそうだな」って思っていました(笑)。ところでこの作品はコロナ禍に書かれたそうですね。

 コロナで脱出ゲームなどのイベントが軒並み中止になってしまって、家でもできる趣味として読書に、特に推理小説を読むことにハマったんですね。それで「自分にも書けるかも」と思って、2020年の夏頃からスマホに話の流れとかセリフ、簡単なト書きなんかをメモしていきました。年末の段階で4万字ぐらいになってスクロールも大変なのでパソコンに移して、年明けに小説にしはじめて、Twitterでバズったのが2月末ぐらいでした。実はあの時は「もうちょっとで完成する」くらいのところだったので、反応を受けて、「これは本当に完成させなきゃまずいことになる」とその2日後ぐらいに終わらせました。とはいえ、ただの素人だったので「あの16万字でバズったのは私です」みたいに出ていくのはめちゃくちゃ恥ずかしいと思っていたので、ちゃんと結果が出るまで黙っておこうと思いました。

——「初めて書いた小説で16万字」はやはりインパクトありますよね。

“自分の好きなものを詰め込んだ物語を終わらせるためには、最終的に16万字だった”という感覚です。ただ、学生時代も国語は得意でしたし、何かを書く課題で特に苦労したこともなかったので、なんか「頑張れば書けるんじゃないか」という根拠のない自信はありました(笑)。

——主人公の理人と詩文のバディ感など、キャラクターも魅力的です。この面々をいきなり作り出せたのも素敵ですが、実際どんなふうに作られたんですか?

 特別な意味があるわけではないんですが、賢い男子2人があーだこーだ言いながら推理を進めていく姿を眺めていたいという思いはありましたね。性格が真逆の男子たちがわちゃわちゃしているのを単純に見たかったという。

——お気に入りのキャラはいますか?

 劇団員の慎次郎さんです! 自分の好みを入れ込んだというのもありますけど、さすが役者なので立ち回りが良くて、いろんなことをやってもらえるんです。身も蓋もない言い方をすると、すごく便利に動いてくれました(笑)。

読者にとって魅力的な話を意識して書くようになった

サイン本作成の様子
サイン本作成の様子

——作家としてデビューして、最近の周囲の反応はいかがですか?

 会社には一応、小説を書いていることは伝えていますが、同僚にはことさら言ってないんです。こうやって顔出しをしていても、あまり周りに本を読む人がいないので気付かれないみたいで。ただ前回ネットニュースに出た時はさすがに後輩の子が見つけて、あわてて電話をかけてきましたけど(笑)。

——意外とわからないんですね。お名前のペンネームは何からつけたんでしょう?

 この小説の出だしに爆発までのカウントダウンが出てくるんですが、その「3、2、1、0」ですね。ペンネームどうしようって考えてパラパラやっている時に「あ、これいいじゃん」と決めました。よく聞かれますが、三重県にゆかりはないんです。

——職業作家になって、書くことへの意識は変わってきましたか?

 何冊か書く中で、読者にとって魅力的な話なのか、納得感や整合性は完璧か、そもそもこの設定で売れるのか、みたいなことをシビアに考えるようになりました。あとは雑学的なものが好きなので、面白いことに出会ったり面白い話を聞いたりしたらメモをとっておくようしています。ニュースで見た内容を膨らませたりすることもありますね。

——以前、インタビューで「ミステリー小説はトリックなど謎の設定が大事で、謎がきちんとしていれば書けるんじゃないかと思って書いた」とおっしゃっていましたが、その感覚は今も同じですか?

 あれは「純文学みたいに繊細な文章表現ができない素人でも勝負ができるかもしれない」ぐらいのつもりだったんですが、だいぶ大口叩いたもんだなと(笑)。そうですねぇ、謎の設定の重要性はもちろんですが、最近はそれをちゃんと読者の方に分かるように伝えられる文章力や構成力が大事だと思うようになりました。いくら奇抜なトリックでも伝わらないと魅力が半減してしまいますから。

——とはいえ最初の作品でここまで書けるのもすごいし、今の自分を客観的に捉える感覚もあるし、お話ししながらすごくクレバーな方だなと感じました。

 どちらかというとこれは自信のなさの表れかもしれません。先輩作家の皆さんは本当にミステリーを長年というか、たくさん読まれているので、デビューをしてから自分の積み重ねのなさがどうしようもないことにショックを受けているんです。かといって、今からめちゃめちゃ読めば追いつけるというわけでもないので焦らず少しずつ有名どころを読んでいきつつ、いただいた機会でアウトプットを出して「場数を踏んで慣れるしかない!」みたいな体育会系の発想でやっている感じです。

——たしかにミステリー好きに認められるのはうれしいことですが、熟練のミステリーファンの方が多いだけに、そこを通っていないと深みみたいなものはちょっと怖いかもしれませんね。

 そうですね、そう言いつつも今回は「館(やかた)もの」っていうだけでもかなりハードルを上げている自覚もあります。ただ、推理小説はあまり読まなかったものの、めちゃめちゃ漫画は読んでいて、コナンとか金田一とか推理もののメジャーどころはほぼ全て読んでいたので、ミステリー自体は自分にとって馴染みのあるものでした。それもあって「何か書けるかな」と思ったわけですが。

——たしかに「漫画」だったことの強みはあるのかも。ビジュアルが浮かんでくるのもすごく大事で、実は読みながら「この小説は映像化しやすいだろうな」と思っていました。

『復讐は合法的に』(宝島社)のシリーズも漫画みたいな絵が浮かんだという感想をいただきますし、実際コミカライズもされています。実は私自身、書いている最中は頭に浮かんだ絵というか映像をガーっと文字起こししてるような感じで、映像でイメージしていたりするんです。

——じゃあ作品が映像化されたらちょっと楽しみですね?

 ちょっとどころかめちゃめちゃ楽しみです!

——そして読む側としても、ビジュアルが浮かぶ強みがあるからこそ、初心者でも作中の脱出ゲームをすんなり楽しめたところはあるかもしれません。

 うれしいです。もちろん脱出ゲームをご存じのない方も楽しめることは意識しましたが、一方で脱出ゲーム好きなら「あるある」で爆笑するんじゃないかと思っていて、実際、私の友人は「謎クラ(注:謎解き好きのクラスター)あるあるが一番おもしろかった」と言っていました。とにかく、それぞれの設問はちゃんと読めば解けるようにヒントは出しているので、実際に謎解きしながら読んでいただけたらうれしいですね。おそらく日頃ミステリーを読み慣れている方なら、大謎まで解けると思います。

——脱出ゲームは解いて先に進む物語だから、読者も答えられるレベルに設定されているわけですね。

 そうですね。一問だけ難易度が高めのものはありますが、基本的に問題は全て、読者側の情報だけで解けるように設定しています。というのも、推理小説に出てくる謎や暗号って、意外と読者側で考える余地がないものも多いんですよ。解くのに特殊な知識が必要だったり、決定的なヒントが終盤にならないと出てこなかったり…今作はそういうのはナシで、読者の皆さんがフェアに考えられるよう心がけました。

——たしかに。先日たまたま『ダ・ヴィンチ・コード』を見直したんですが、読者にはラングドン博士みたいな知識はないんですよね(笑)。誰でもフェアに解けるのがスタートラインというのは面白いですね。

 自然にメモができるような流れを自然に作るというか、読者の方も推理がしやすいように意識したつもりなので、参加しながら楽しんでほしいですね。ラングドンじゃなくてもちゃんと解けますので、ぜひチャレンジしてみてください。

文=荒井理恵

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