「姑の強いこだわりを和らげたい」「過去の失敗を思い出してしまう」悩みは“脳”がつくるもの?──脳科学で答える人生相談【書評】
公開日:2025/6/12

私たちは日々、無数の悩みを抱えて生きている。簡単には変えられない性格や思考のクセ、周囲との関係性、加齢にともなう記憶力や判断力の衰え──。そんなさまざまな「ままならなさ」に対して、脳科学の知見から新たな視点を与えてくれる一冊がある。
『悩脳(のうのう)と生きる 脳科学で答える人生相談』(文藝春秋)は、脳科学者・中野信子氏が「週刊文春WOMAN」で連載していた人生相談をまとめた書籍だ。同誌の読者に加え、THE ALFEEの高見沢俊彦さん、ブラックマヨネーズの小杉竜一さん、俳優の木村多江さんなど、著名人から寄せられた相談も多い。さらには俳優の要潤さんや、ミュージシャンの坂本美雨さんらが著者と対談した豪華な対面相談も収録されている。
扱われる悩みの内容は「つい嘘をついてしまう」「過去の失敗を何度も思い出してしまう」といった内面的なものから、「姑の強いこだわりをやわらげたい」「おとなしい妹がSNSでだけ攻撃的」といった他者に関わるものまで、さまざまだ。
そうした悩みを「心の問題」としてではなく、「脳のはたらき」として捉え直すのが本書の特徴だ。そもそも悩むこと自体は問題ではない。ネガティブに捉えている性質も、実は人類が生き延びるために備えた本能由来のものかもしれない。
悩みを否定せず、むしろ肯定しながら問い直していく中野氏のスタンスは、多くの読者の心をそっと支えてくれるだろう。また、回答の根拠として語られる脳のメカニズムや、幅広い分野を横断する知識は、読者の知的好奇心を心地よく刺激してくれる。
俳優、芸人、棋士、歌人など、誰もが知る著名人の悩みが明かされているのも興味深い。いつも表舞台で輝いているあの人たちが、こんな悩みを抱えているのか……。そう驚かされる一方で、「悩みは成功してもなお続く」という現実にも気づかされる。
そして中野氏の言葉を読んでいくと、「どんな人間であっても、脳がはたらき、心や身体が動いていることに変わりはない」と感じられる。脳のはたらきを理解することは、自分自身を受け入れると同時に、他者をも肯定する行為なのかもしれない。
章末に収められた対面相談では、1対1の対話ならではの深まりと広がりがある。なかでも印象に残ったのは、俳優・ダンサーの森山未來氏との対談だ。
「自分の行動原理がわからない」という問いから始まり、ホヤが自分の脳を食べる話、新奇探索性を高める遺伝子の話、人類史における“美”の価値についてなど、思いもよらない方向へと話が展開していく。これほど離れた点がひとつの対話として結実したのは、身体表現を探究する森山氏と、脳科学を土台に受け止める中野氏という組み合わせの妙である。
総じて本書は、「お悩み解決本」という枠に収まりきらない、学びと気づきに満ちた一冊である。あらゆるジャンルの相談に対し、思いもよらない角度から光を当てる中野氏の言葉は、悩みに疲れた心に潤いを与えてくれる。
まず、自分の悩みにどこか通じる問いを探してみてほしい。ひとつは見つかるはずだ。その回答を読み終える頃には、きっとページをめくる手が止まらなくなっているだろう。
文=宿木雪樹