フランスの人気絵本を俳優の杏が翻訳! 好き嫌いする子どもを食べてしまう魔女が現れたら… 弁舌とアイデアで打ち負かすフランスの子どもがすごい!【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2025/6/26

「体にいいから野菜も食べて」という親と「嫌だ。食べたくない」と反抗する子ども。子育て中の家庭では毎日のように見られる食事風景だろう。そんな親子の食事を取り上げる絵本があるとしたら、子どもが好き嫌いを克服するような展開を想像するかもしれない。だが、フランスの絵本ではちょっと様子が違うようだ。

おこりんぼまじょコルヌとノン! ノン! ピエール』(ピエール・ベルトラン:文、マガリ・ボニオール:絵、杏:訳/KADOKAWA)は、2003年にフランスで生まれてからシリーズ累計180万部を突破した人気の絵本シリーズ。フランスで教科書にも掲載されているという本作が、ついに日本でも刊行される。

 翻訳を手がけたのは、俳優であり、プライベートでは3児の母でもある杏さんだ。杏さんといえば、自身のYouTubeでもお気に入りを紹介するほどの本好き。そんな彼女がどんな絵本を翻訳したのか、気になる人は少なくないだろう。

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「嫌いなものは嫌い」が子どもの本音

 本作の主人公は、“ちびすけ”のピエール。ピエールは家族の食卓で「体にいいんだから食べなさい」とスープをすすめられるが、「ノン! やーだよ!」とつっぱねる。彼にとってスープは、にがくて味がうすい、おいしくないもののようだ。

「体にいいから」という親の言葉に「そんなこと知らないよ!」と返すピエール。腕組みをしてスープと対峙する場面では、目を三角にしてスープを睨みつける視線の鋭いこと…! “体にいいからといって嫌いなものを食べさせるなんて納得できない”という子どもの本音が透けて見えるようだ。一緒に読んでいた息子も、「食べなさい」と言われるたびにスープから遠ざかっていくピエールの姿を、“当然でしょ”とでも言わんばかりの表情で眺めている。

 たしかにそうかもしれない。「体にいいから」と毎日口グセのように言われても、大人だってなかなか食べる気にはならない。いつもの食事風景を俯瞰で見せつけられているようでドキッとする場面だった。

フランスの子どもの弁舌とアイデアに感心

 いつまでもスープを食べようとしないピエールに、パパはこんなことを告げる。スープを飲まない子どもには、“食べない子どもをゴクリと丸のみしてしまう魔女コルヌ”がやってくるのだと。その夜、ベッドに入ったピエールの前に、本当にコルヌがやってくるのだ。

 ここから面白いのは、ピエールは恐ろしいコルヌを前にしても怖気づくことなく、対決することを選ぶところだ。ピエールがどんな言葉を使い、どんなアイデアでピンチを乗り越えていくのかが、本作の見どころ。ワクワクしながら読み進み、最後はスカッとできるはずだ。

 息子は、ピエールがコルヌを怒らせるたびにワハハと声を上げて笑い、「魔女コルヌは本当にヘンテコだし、ピエールは面白い子だね」と話していた。ピエールがコルヌを揶揄するときに「ずいぶんヘンテコな格好だね」「それにけっこうくさい」と小学生が好きそうな言葉を連発するので、親しみが湧いたのだろう。ピンチを乗り切るときのピエールのアイデアにも感心していた。小さい子はもちろん、小学生も楽しめる1冊だと思う。

 コルヌの怒声が太字になっていたり、オノマトペや繰り返しが多用されたりしてリズム感がよいので、読み聞かせのときも調子よく読めてしまう。おばあちゃん魔女の真似をしたりして、抑揚をつけて読むのも楽しかった。

子どもの好き嫌いは万国共通?

 それにしても、嫌いなものを食べさせようとする魔女を弁舌で打ち負かすとは、フランスらしい絵本だと言えそうだ。幼い頃から家族の食卓で議論することを学ぶというフランスの子どもは、「大人のいうことがすべて正しい」とは思っていないのだろうし、ピエールも最後まで自分の意見を突き通す。

 息子にも「魔女コルヌが出るよ、と言ったら嫌いな魚を食べられそう?」と聞いてみると、「食べないよ。逆に僕もコルヌをやっつけてみたい」と返ってきた。嫌いなものは嫌いだと主張するピエールは、子どもにとってヒーローのような存在なのだろう。

 やれやれ、食卓での攻防はまだまだ続きそうだと思いつつ、「嫌なものは嫌」とはっきり伝えるのは勇気がいることだけど、親にだって「嫌だ」という自分の気持ちを正直に伝えていいと教えてくれたように感じた。子どもに寄り添いながら多くの良作を読む杏さんのチョイスにも納得の、ユニークな1冊だった。

文=吉田あき

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