早期教育は負の効果しかない!? 子どもが毎日読みたがる絵本で“言葉の発見”を。思考力を高め、本が好きになるオノマトペ絵本『まいごのたまご』【書評】
公開日:2025/6/28

『まいごのたまご』(アレックス・ラティマー:著、聞かせ屋。けいたろう:訳/KADOKAWA)は、発売から7年経った今でも「子どもが大好きで、毎日読んで!と持ってくる」「集中して聞いてくれる」という評判が絶えない絵本。迷子になってしまった卵が、あたりにいた恐竜たちに協力してもらい、親のもとに帰るお話だ。著者は南アフリカ在住の作家アレックス・ラティマーさん。翻訳を、絵本読み聞かせ界のトップランナーである<聞かせ屋。けいたろう>さんが手がけている。
お母さんと再会する物語やカラフルな絵が子どもに好評
本書は、「迷子になる」という子どもにとって恐ろしいと思えるような展開から始まる。ところが、卵はやさしい恐竜たちに助けられ、親と無事に再会するのだ。子どもは卵の気持ちを想像し、一緒になって寂しくなり、ハラハラするが、最後は安心する。
卵を助けてくれるのは、ティラノサウルス、トリケラトプス、ブラキオサウルス、プテラノドンと、子どもに人気のある恐竜ばかり。ふだんは怖そうな肉食恐竜も、この絵本の中ではとてもやさしい。カラフルな絵も可愛らしく、本書をきっかけに恐竜にハマる子どもも少なくないという。
子どもを引きつけてやまない“オノマトペ”

たまごは やまを ころがって ころころ ころころ ころがって、いわに ぶつかり、ぽーーんとはねて、ようやく、ストンと とまりました。
<聞かせ屋。けいたろう>さんによる文章にはオノマトペが多用されており、リズム良く読んで子どもの興味を引くことができる。ページをめくるたびに、物語に引き込まれていく子どもの様子が伝わってくるはずだ。

すると、ステゴサウルスが いいました。
「きみに、ツンツンはあるのかい? せなかに ならんだ、 はっぱみたいなやつ。おやこだったら、そっくりだよね」
恐竜の特徴もオノマトペで表現されている。たとえば、ステゴサウルスの背中についたとんがったものは「ツンツン」。ステゴサウルスには「ツンツン」があり、ツンツンとは「背中に並んだ葉っぱみたいなやつ」であることが文章から伝わってくる。
動作を表すオノマトペも多く、脚が太いトリケラトプスは「ドコドコ」やってくるし、コリトサウルスは「ぶらぶら」やってくる。その言葉が表す動作や、体の形や大きさによって歩き方が変わることを、子どもはオノマトペから感じ取ってくれるだろう。
オノマトペが言語習得の入り口になり、思考力をはぐくむ
それにしても、なぜ子どもはこんなにオノマトペが好きなのだろうか。『言葉の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(中公新書)の著者である言語学者の今井むつみさんに問いかけると、次のような答えが返ってきた。
「オノマトペが使われていると、音と言葉の意味を結びつけやすく、場面の意味を感覚的に受け止めやすい。その場面を想像できる楽しさがあるから子どもはオノマトペが好きだし、そのことを周りの大人や絵本作家も直感的に知っているから、子どもにオノマトペを使い、言葉の援助をしているのです」(今井さん)
オノマトペは、子どもを言語の世界に引きつけた上で、“もっと聞きたい、話したい、言葉を使いたい”と思わせてくれるというから、子どもが『まいごのたまご』を「毎日読んで」と言ってくることにも納得できる。この時、子どもは知的好奇心が満たされることに喜びを感じているのかもしれない。きっとそのまま本好きな子に育ってくれることだろう。
オノマトペは言語の学びの助けにもなるという。子どもの言語の学びとは、語彙を覚えるだけでなく、言語を成り立たせるさまざまな仕組みを自分で発見し、それを使って自分で文章を組み立てる方法を覚えること。“エベレストに登頂するくらい”膨大な行程がある言語習得の取っかかりとなるのがオノマトペなのだとか。
「車をよく“ブーブー”といいますが、これは副詞を名詞に変えたオノマトペ。言葉ではそういった“言い換え”がよくあります。オノマトペで言葉の意味を覚えることで、子どもは語彙を増やすことができるし、言葉はこういう使い方もできるんだという言語の構造や発展性みたいなものを知ることができます」(今井さん)
言葉の使い方を知った子どもは、頭の中で言葉を組み立てて使いこなすようになる。これを繰り返すうちに思考力まで高まっていくという。思考力といえば、最近は「地頭がいい子」を育てるために必要だと言われている能力だ。オノマトペが子どもの思考力を高める礎になるとしたら、興味を持たずにはいられない。
「言葉を教えるなら絵本の読み聞かせで」と言語学者が推奨

まだ言葉を読めない赤ちゃんや小さな子どもに語りかけることに疑問を感じる人もいると思うが、今井さんによれば、「言葉を読めない段階で絵本を読んでもらうことには価値がある」という。それも、絵本の読み聞かせが有効だとか。
「子どもをお膝に置いたり、隣に座ったりして本を読み、分からない言葉があったら理解できるような言葉に言い換えてあげる。それが、言葉の性質を理解するのに役立ちます」(今井さん)
注意したい点としては、言葉を教える時、子どもの発達に合わせたほうがいいということ。絵や文のカードを高速で見せて覚えさせるフラッシュカードなどは、実際の行動や体験を結びつけて言葉を覚えるという「記号接地」を妨げてしまうからあまり良くない、と今井さんは語る。
「小学校に上がるまでにこれだけの言葉を覚えよう…というカードなどを使った早期教育は『負の効果しかない』と、発達心理学の研究者はみんな口を揃えて言っています。それから、こんな研究もありました。2歳の子どもに絵本を聞かせる時、自動的にページが進むデジタル絵本より、大人が読み聞かせたほうが、新しい言葉を覚えたのです」(今井さん)
子どもに言葉をたくさん教えたい、という気持ちはどの親にも共通するもの。けれど、言葉を強引に詰め込むことや、一方的に言葉を聞かせることにはあまり意味がないようだ。その子のペースや発達に合わせて言葉を教えるには、子どもの反応を見ながら大人が対応できる会話や語りかけが最適だといえるだろう。絵本の読み聞かせなら、誰でも容易に語りかけることができ、そこから派生した会話の中で言葉を教えることもできる。
子どもが言語を覚えるきっかけとなり、思考力の礎にもなるというオノマトペ。オノマトペで子どもの言語のトビラを開いてくれる『まいごのたまご』を、ぜひ手に取ってほしい。
文=吉田あき