100年後に世界が終わるとしたら、私たちはどう生きるか。『#真相をお話しします』の結城真一郎が、人類滅亡へのカウントダウンを描く【書評】
公開日:2025/7/1

世間には、あらゆる「べき論」が蔓延している。社会人たるもの、母親たるもの、学生たるもの、かくあるべき、と。そんな世間の目に迎合する形で、周囲との摩擦を最小限に抑える。私は長らく、そのように生きてきた。だが、もし「世界の終焉」が明確に決まっていたら、私はこれまでと同じ生き方を続けるだろうか。
『#真相をお話しします』『難問の多い料理店』などで知られる、結城真一郎氏による新著『どうせ世界は終わるけど』(小学館)は、「100年後に人類が滅亡する」世界線で物語が進む。
ある日、直径22キロの小惑星が100年後にアメリカ大陸の西海岸付近に落下する、とのニュース速報が流れた。地球と小惑星が衝突した場合、人間どころか大多数の生物が絶滅を余儀なくされる。どうにか衝突を回避すべく、各国のあらゆる機関が対策に乗り出した。地球に迫りくる小惑星は、「ホープ」と名付けられた。言葉の通り、それは「希望」を意味する。地球規模の危機にあって、それまで内紛や戦争を繰り返してきた人類が手を取り合い、一致団結するチャンスである。そのように国家の要人が発言したことが、ホープの名前の由来だ。
本書において、「世界が終わる」こと以上に、世界が終わるのが「100年後」という点が肝となる。100年という歳月は、人間の生涯と同等、またはそれ以上の長さを有する。そのため、パニックに陥るよりも、淡々と“いま”を生きる人が圧倒的多数であった。しかし、全六話の物語は、章が進むごとに少しずつ未来へと近づいていく。よって、小惑星の衝突を待たずに天寿を全うするであろう人々と、世界の終わりを人生半ばで迎えるかもしれない人々の心情が交錯する。本書は、「世界の終わり」に対する両者の捉え方の差異を緻密に描きながら、人間の生き方そのものに大きな問いを投げかける。
中でも印象深かったのは、第三話「友よ逃げるぞどこまでも」だ。南海に浮かぶ無人島でその日暮らしを続ける主人公は、さながら世捨て人のような毎日を過ごしていた。ある日、そこに一人の若者が姿を現す。人との関わりを断つために無人島に身を寄せていた主人公は、若者の登場に狼狽えながらも、心のどこかで孤独から解放される喜びを覚える。
島に住み着く野良猫のノラも含めて、2人と1匹暮らし。不自由ながらも気ままな島暮らしの中に波紋が生まれたのは、ラジオで流れてきたあるニュースであった。刑期満了の前日に、殺人罪で服役中の受刑者が脱走した。名前は、永瀬北斗。永瀬が罪を犯した背景の大元には、ホープの出現が潜んでいた。偶然にも主人公は永瀬の顔を知っており、すぐ隣で釣りに興じる若者の顔に、永瀬の面影を見た。それにより、主人公は町への買い出しを口実として、事件の詳細を調べはじめる。
無人島に現れた若者は、果たして永瀬なのか。そもそも主人公は、なぜ無人島での暮らしを求めたのか。彼らが何から逃げて、何と戦っていたのか。すべての点が線に結びついたとき、若者が発した台詞が脳裏に去来した。
“——歯を食いしばって、頑なに、死に物狂いでなにかに背を向けるのも、それはそれで戦いなんだよ。”
「逃げてもいい」という言葉はよく耳にするが、「逃げるのも戦い」と言い切る潔さに出会えることはごく稀で、これまでの人生において“逃げの一手”を長らく続けてきた私は、この台詞に救われる思いがした。
本章において、主人公が若者の人物像を想起する場面も忘れ難い。若者が、永瀬受刑者か否か。その観点がするりと抜け落ち、自然とフラッシュバックする真実の記憶。そこに、若者の人間性のすべてが詰まっていた。手先が不器用で、子どものような屈託のなさと愛嬌を持つ男は、野良猫の身を本気で案じ、慣れない狩りに奮闘し、満天の星に身を浸す。「罪名」というレッテルを剥がすことでようやく浮かび上がった素顔には、否が応でも滲み出る若者の誠実さと優しさがあった。淡々とした筆致で綴られる主人公の記憶は、だからこそやけにリアルで、私たちが日頃どれほど大切なものを取りこぼしているのかを思い知った。
人類滅亡へのカウントダウンに振り回されながらも、生き抜く道を選んだ人々の物語は、最終章で力強い輪を描く。痛みの隣に優しさを置き、絶望の隣で希望を描く。そんな物語に込められた思いは、ある小学生の台詞に集約される。“未来”が放った台詞を、私は生涯忘れない。
どうせ世界は終わるけど。このタイトルの続きにどんな言葉を置くのかは、私たち次第。願わくは、誰もがそこに希望を込められる世界でありますように。そんな祈りをも感じさせる本書は、蛍のように静かな光をたたえ、蹲る人々を照らし出す。その光景から目を背けないことが、おそらく私たちにできる、人類滅亡を食いとめるための最初の一歩だと私は思う。
文=碧月はる