松本清張は「時代小説」も面白い! 宮部みゆき・有栖川有栖・北村薫が選んだ清張の短編アンソロジー【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/7/8

清張の牢獄 松本清張時代短編セレクション
清張の牢獄 松本清張時代短編セレクション松本清張:著、有栖川有栖、北村薫、宮部みゆき:編/文藝春秋

 『砂の器』『点と線』『ゼロの焦点』——松本清張といえば、昭和を代表するミステリ作家。それも長編社会派ミステリのイメージが強いのではないだろうか。だが、松本清張の作品は時代小説も面白い。また、短編小説でも私たちの心を強くとらえて離さない。

 それを体感できるのが『清張の牢獄 松本清張時代短編セレクション』(松本清張:著、有栖川有栖、北村薫、宮部みゆき:編/文藝春秋)。十手を持つ松本清張のイラストが描かれた書影からして目を引くこの本は、ページをめくれば、その世界にすぐに惹きつけられる。この傑作選は『オール讀物』誌上で行った有栖川有栖と北村薫の対談から誕生したアンソロジー『清張の迷宮 松本清張傑作短編セレクション』に続く第2弾。今回は「歴史時代短編傑作選」ということで、宮部みゆきがメンバーに加わり、ミステリ界の旗手3人が清張の時代短編のベストを厳選。巻末には選者3人の鼎談も添えられ、当代随一の本読みたちが、どの清張作品のどの部分に唸らされたかが分かるのもまた楽しい。

 たとえば、私のお気に入りは北村薫と宮部みゆきが揃ってイチオシの作品として選んだ「大黒屋」。物語は、岡っ引きの手先・幸八が、穀物問屋・大黒屋から出てきた人相の悪い男を探ることから始まる。宮部みゆきは、「岡っ引きがしっかりと活躍する捕物帳である点に惹かれた」というが、幸八の“探偵”っぷりは巧みで面白い。幸八が人相の悪いその男にデタラメの内容で話しかけ、名前やら住んでいる場所までも次々と聞き出していくさまには思わずニヤニヤ。どうやらその男は留五郎というらしく、大黒屋の主人・常右衛門の家をたびたび訪れては、その美人妻・おすてにちょっかいをかけているらしい。そんなある日、留五郎の遺体が発見される。北村薫は、この作品を「堂々たる本格ミステリ」と評しているが、本当にその通りだ。秩父の出であるはずの留五郎に加賀訛りがあったり、その遺体に漆がついていたり、灸の跡があったり、凶器が鍬であったりなどと、興味を惹かれる謎が盛りだくさん。おまけに、留五郎の死の背景には、幕府を揺るがすような別の悪事が潜んでいる。黒幕は言う、「老中をはじめ勘定奉行などが獄門にならねえとは、どうも理屈に合わねえな」と……。そう、この時代小説は、清張らしい社会派の捕物帳。思いがけない事件の真相には思わずハッと息を飲む。

 また、有栖川有栖が選んだ「雨と川の音」も心に深い余韻を残す。主人公は、罪人の与太郎。仮病を使い、牢から病人や年少者を収容する溜へと送られることになった与太郎は、そこで出会った市助とともに脱獄を目指す。描かれるのは、運命の恐ろしさ。因果応報とはいえ、背筋がゾクっと凍るような思いがした。

 その他の作品も珠玉ぞろい。国家老・川合勘解由左衛門が巻き起こした刀傷事件を描いた「酒井の刀傷」や、柳生但馬守宗巌、又右衛門宗頼、十兵衛三巌と続く柳生家の姿を綴る「柳生一族」などの史伝も面白いし、舅に気に入られた男と妻の密通を疑う「疑惑」は後味の悪さがクセになる。一口に時代小説と言っても、いろんな読み心地があるし、驚かされるのは、どの物語もとにかく読みやすいということ。時代小説というと、ちょっぴりとっつきにくいイメージがあるが、清張の作品は別。ともすれば難解になってしまいそうな出来事を眼前に浮かぶかのようにありありと描き出し、人間群像を鮮やかに描き切るその筆力には改めて驚かされる。

「普段歴史小説は読まない」という人も虜になること間違いなし。「清張は、時代小説も面白い」と強く実感させられるこの短編集を、是非ともあなたも読んでみては。

文=アサトーミナミ

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