あたたかな結末に涙する、町田そのこ新作『蛍たちの祈り』 自分や親の「罪」に翻弄されながら、必死に生きる人々を描いた連作長編【書評】
PR 公開日:2025/7/22

いつからか「自己肯定感」という言葉があたりまえに使われるようになって、「自分を大事にする」ことが、それを可能にする環境に身を置くことが、なによりも重要なのだという風潮が強まった気がする。でも、生きているだけで他人からゴリゴリと、肯定感どころか自己の存在そのものまで削られるような世の中で、いったいどうすれば、自分を守り続けられるのだろう。
町田そのこさんはいつも、もがき苦しみながら、自分の存在価値を問い直し、必死で光をつかみとろうとする人の姿を描き出す。それは希望というより、どんなに絶望的で、死んだほうがましだと思える状況に追いやられても、生きるために抗わずにはおれない人の業のようなものである気がする。
新作『蛍たちの祈り』(東京創元社)もまた、暗闇のなかにぽつりぽつりと浮かんでは消える、かすかな光のありかを描いた小説だ。
複雑な家庭で生まれ育った幸恵が、ようやく見つけた居場所だと思っていた男は、財産のすべてを奪い去っていった。残されたのは臨月の腹と、ひと月ももたないであろう現金だけ。死ぬしかない、と決意した幸恵は、地元で唯一、美しいものが見られる隠れ家におもむき、かつて罪を共有した同級生・隆之と再会する。
幸恵も、隆之も、家庭環境に恵まれず、逃げ場のない暗闇のなかを必死で生きてきた。根っから「自分」を信じることができないまま、隆之はやくざ者としか思えない仕上がりになり、幸恵はすべての選択を間違い続けている。でもそれは、はたして二人のせいなのだろうか。
物語には、正道という少年も登場する。自分が生まれる前に起きた出来事の影響で、周囲から疎まれ、避けられながら生きてきた。その同級生である愛という少女は、母親としてふるまうということがどうしてもできない、一人の女でい続けることしかできない母との二人暮らしで、適切に「育てて」もらえなかった。そんな二人は追い詰められた結果、時に選択を間違えてしまうこともある。
どんなに理不尽でも、まわりが「あなたは悪くない」と言ってくれたとしても、身の内にくいこんだ罪のかけらとともに、生きていくしかないのである。でもじゃあ、最初から追い詰められた環境に生まれた人は、一度間違えた――あるいは間違いかけた人間は、決して許されることはないのだろうか。
そんなことはない、という希望もまた、町田さんは力強く描きだす。99人に憎まれ、蔑まれた人生だとしても、たった一人、あなたがいてくれてよかったと、生きていてほしいと思ってくれる人がいたら、それだけで人生は肯定されていい。そのたった一人に出会うために、私たちは歯を食いしばりながら生きていく。だからどうかあなたも生きていてほしいという祈りが、本作には満ち溢れている。
文=立花もも