傷ついたマナティー、認知症の祖父のお世話、親友との突然の別れ——。11歳の少年のひと夏の成長を描く、親子で読みたい小説【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2025/7/24

マナティーがいた夏
マナティーがいた夏エヴァン・グリフィス:著、多賀谷正子:訳/ほるぷ出版

 11歳という年齢は、もう小さな子どもではないし、かといって大人と呼ぶにはまだ早い。心が大人に近づく大切な時期なのかもしれません。第71回青少年読書感想文全国コンクールで小学校高学年の部の「課題図書」に選ばれた小説『マナティーがいた夏』(エヴァン・グリフィス:著、多賀谷正子:訳/ほるぷ出版)は、11歳の少年のひと夏の成長を描いた物語です。

●何もかもうまくいくと思っていたのに……

 11歳の夏休み、ピーターの目標は「生き物発見ノート」を親友のトミーと完成させること、そしてマナティーの話をしてくれた認知症のおじいちゃんのお世話を完璧にすることでした。

 夏休みが始まってすぐ、ピーターがいつものようにトミーと生き物探しをしていたら、驚くような出来事がありました。11年間探しつづけていたマナティーにやっと出会えたのです。これからトミーと一緒にマナティーについて調べるのは楽しみだし、マナティーの話をすればおじいちゃんの調子も良くなるに違いない、とピーターは意気込みます。

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 ピーターにとって、おじいちゃんは大切な存在でした。おじいちゃんが子どもの頃、インディゴ川でマナティーと出会ったときの話を聞くのが大好きだし、この話をするときのおじいちゃんの表情や声も好き。7歳で父さんが出ていってから熱心に仕事をする母さんのためにも、おじいちゃんのお世話係をしっかり務めたい、とピーターは考えていたのでした。

 ところが、何もかもうまくいかないのです。おじいちゃんの頭は相変わらず混乱していて、自分のことを思い出してくれないことも多い。「生き物発見ノート」はまだ完成していないのに、トミーが遠くの街へ引っ越すことになった。マナティーは怪我をしてしまい、怪我をさせた犯人は、いつも自分を目の敵にしてくる大嫌いなレイリーさんかもしれない。それに、最近の母さんはおじいちゃんの心配や仕事で忙しく、自分のことを見てくれない。家を出ていった父さんに今さら会いたくもないけれど……。

●大人っぽい考え方と子どもらしい本音で葛藤

 家族や傷ついたマナティーのことを考え、「やらなきゃいけないことがたくさんある。どれも、ぼくひとりでやれる」「自分なら世界を変えられるかもしれない」と考えるピーターは、勇気があって優しい子どものようです。けれども本音は、トミーとずっと一緒に遊んでいたいし、大好きなおじいちゃんが今のような姿になってしまって恥ずかしい。そう考えてしまう自分にも嫌気が差している。でも、そんな本音を誰にも話せずにいます。がむしゃらな気持ちばかりが空回りして、レイリーさんや母さんへの不満も募っていきました。

 何もかもうまくいかず、「自分はまだ子どもだ。何もできないし、もうどうでもいい」と自暴自棄になるピーター。ところが、あることがきっかけとなり、頑なだった心を解き放つと、彼の目に映る世界はどんどん広がっていきました。大切なものを守るために葛藤するピーターの気持ちに気づいて、手を差し伸べてくれる人はたくさんいたのです。

「うまくいくかどうかは、わからない。わたしだって不安。でもね、一日一日、なんとかやっていくしかないの」

 うまくいかないことがあっても焦ることはない。小さくてもいいから一つずつ乗り越えていくのだと語るような母親の言葉が、ピーターの心を大きく動かします。きっとピーターはこれからも、一日一日、悩みながら前に進んでいけるのではないでしょうか。

●等身大の物語でさまざまな気づきを

 この本には、ピーターの物語を通じてさまざまな可能性が描かれています。できないと思っていることは誰かに相談すればできるようになるかもしれないし、自分が拒まなければイヤだと思っていた人のことを理解できるかもしれない……。

 また本書には、野生生物の保護、家族との関係やヤングケアラーなど、社会的な問題も描かれています。自我が大きくなりつつある11歳くらいの子どもたちにも、ピーターと同じように、自分だけが抱える悩みがあるのではないでしょうか。どの場面やセリフに心が動き、どんな気持ちになったのかを話し合ったり感想文にしたりすることで、社会が抱える問題や、自身が抱える悩みに向き合っていけるかもしれません。

 今の子どもたちは、先が見えない社会情勢や環境の変化に不安を抱き、将来に希望を見いだしにくくなっているとも聞きます。本書には、見ているだけで心がおだやかになるマナティーや、ずっと一緒にいたいと思えるような人たちなど、キラキラと輝くような大切な存在が登場します。特に、ラストシーンの感動は大人でも涙をこらえきれないほどでした。このような描写が子どもたちの未来に光を差しこんでくれたら、と感じます。

 また、「うれしさと悲しさが混ざったスムージー」「毛虫がおどっているようなおじいちゃんのまゆげ」などのユニークな比喩や表現は、文章から情景を想像するという小説ならではの楽しみを与えてくれるのと同時に、自分で文章を書くための学びにもなりそうです。課題図書として多くの子どもたちの手に渡り、最後まで読み切ってほしいと感じる一冊でした。

文=吉田あき

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