運命に絶望せず、戦災孤児たちは夢を追いかけて無謀な計画を立てる! 児童文学界注目の新人作家による、敗戦直後の東京で力強く生きる少年たちを描いた冒険活劇【書評】
PR 公開日:2025/8/9

戦後80年にあたる2025年の今年は、太平洋戦争をテーマにした書籍を多く見かける。年々、日本が経験した戦争が遠いものになっていくなか、本という形で人々の「記憶」に留めていくのはとても大切なことだ。そんな書籍のなかには戦争体験記などのノンフィクションも多数あるが、読み手が感情を重ねやすく、特に若い世代は手に取りやすい「物語」の力にも注目したい。
『灰とダイヤモンド』(東 曜太郎:著、中島花野:イラスト/岩崎書店)は、そんな若い世代向けの戦争と平和について考えさせる物語である。小学校高学年以上を対象としている本書の舞台は、敗戦から2度目の夏を迎えた1946年の「ヤミ市」。あらゆるものが灰になってしまった80年前の東京で、困難にもめげず、前を向いて強く生きる少年たちを描いた冒険活劇だ。
夏だというのに、学生服にマント、学生帽をかぶった14歳の衛(まもる)は、家を飛び出し、敗戦ですっかり様子の変わった新橋駅前にあるヤミ市「新生マーケット」に迷いこむ。丸一日なにも食べていなかった衛が蕎麦屋で麺をすすっていると、いきなりふたりのチンピラが絡んでくる。歳は自分と同じか、少し下くらい。咄嗟に熱い汁を彼らにあびせて逃げた衛だったが、結局は組み伏せられ、殴られて……。そんな衛を救ったのは、戦災孤児だという彼らの兄貴分・八郎だ。どうしても家に帰りたくなかった衛は、「このヤミ市に住んで俺の仕事を手伝え」という八郎に従い、ヤミ市の雑貨屋に転がり込むことになる。
実はこの衛少年は裕福な家の出身で、家族全員が生き延び家も焼け残るという恵まれた状況にあった。だが戦地から戻った実父が戦場での壮絶な体験ですっかり人が変わってしまい、異様な行動を繰り返した結果、一家は離散。衛は自分を守るために家を捨ててヤミ市にやってきたのだった。「ここはいいところだ。シャバでは焼けて灰になっちまったもんが、なんでもそろってる。そばの一杯から、兄弟、親子の仁義までな」との八郎の言葉の通り、ヤミ市は戦争を生き抜いたモノや人の集積地点。ただ「明日」がくることを信じる人々の活力がみなぎる場所であり、一発逆転のチャンスに溢れた場所……。そんなヤミ市の勢いも物語だからこそリアルに伝わる。
ある日、ヤミ市に居場所を見つけ少しずつ力強くなっていく衛に転機が訪れる。八郎が衛に出自不明のダイヤモンドで一旗あげる話を持ちかけてきたのだ。MP(アメリカ軍の憲兵)や大物政治家も相手にする大仕事は危険を伴うが、成功すれば見返りは莫大。過去から逃れ自分を変えたい衛は、八郎の夢に賭けることにする。大きな存在の裏をかこうと知恵を絞り大胆な作戦を立てる少年たち。無謀とも思える挑戦は戦後の混乱期ならではかもしれないが、タフなヤツほど大きな夢を描く姿は痛快で、スリリングでドキドキする、まさに冒険活劇だ。
著者は今最も注目される児童文学新人作家のひとりといわれる東 曜太郎氏。80年前の少年たちは、心の傷やトラウマに揺れ、社会の歪みに直面しながら、それでも冒険心と好奇心を武器に立ち向かう。どんな困難も明るく乗り越えるその姿は力強い。おそらくそんなバイタリティが、あの驚異的な戦後復興にもつながったに違いない。もしも自分が衛の仲間だったら……。そんな風に自分を重ねてみるのも物語の醍醐味である。
文=荒井理恵