池松壮亮主演でNHKドラマ化 若きエリートたちによる「敗戦」の結論はなぜ黙殺された? ドラマの“副読本”にオススメの1冊【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2025/8/7

歴史と人物23 開戦前に日本の負けはわかっていた 『昭和16年夏の敗戦』
歴史と人物23 開戦前に日本の負けはわかっていた 『昭和16年夏の敗戦』(中央公論新社)

 2025年8月16日(土)と17日(日)の2夜連続で、NHKスペシャル『シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~』が放送される。主演は池松壮亮、監督は戦争ドラマ初監督となる日本映画界の旗手・石井裕也監督。これまでも数多くの戦争関連番組を手掛けてきたNスペが「節目の夏」に送る実録ドラマとあって、俄然期待が高まる。
 
 タイトルですでにピンときた方もいるかもしれないが、このドラマは猪瀬直樹さんのロングセラー『昭和16年夏の敗戦』(中公文庫)を原案にしている。同書は太平洋戦争開戦前にすでに日本の敗戦を予測していたという「総力戦研究所」の存在を明らかにした渾身のノンフィクション。初版は1983年だが、2010年に中央公論新社から文庫化され2020年には新版が発売されている一冊で、石破総理や小泉元総理も愛読書と公言し、さらには国会質問でも取り上げられるなど年々注目度もあがっている。このほどドラマの放映にあわせ、歴史的背景をさらに理解することで多くの人に本書に親しんでもらおうと、ムック『歴史と人物23 開戦前に日本の負けはわかっていた 『昭和16年夏の敗戦』』(中央公論新社)が発売された。

歴史と人物23 開戦前に日本の負けはわかっていた 『昭和16年夏の敗戦』

 ところで「総力戦研究所」とは何かご存じだろうか? 日米開戦の8カ月前となる1941年(昭和16年)4月、政府によって作られた研究組織で、メンバーには若手官僚、報道人、軍人、経済人などさまざまな分野の36人の若きエリートが集められた(昨年の朝ドラ『虎に翼』で主人公の夫となった星航一のモデルで裁判官の三淵乾太郎氏もそうした一人。ドラマ中に組織の名前が出てきたのを覚えている方もいるかもしれない)。設立の目的は「対米戦をあらゆる角度からシミュレートする」ため。彼らは模擬内閣を組織し、軍事、外交、経済などさまざまなデータや情勢を分析して、「日本必敗」という厳しい結論を導き出し、緒戦の大勝から末期のソ連参戦まで、原爆投下以外はすべて予見した精緻な報告書を当時の内閣に提出したのだ。だが残念なことに、その報告書は「偶然性の欠如」ゆえに机上の空論とみなされてお蔵入り。結果、日本は真珠湾攻撃をしかけ太平洋戦争へと突き進むことになる。

歴史と人物23 開戦前に日本の負けはわかっていた 『昭和16年夏の敗戦』
歴史と人物23 開戦前に日本の負けはわかっていた 『昭和16年夏の敗戦』

 今回のムックは、そんな総力戦研究所がなぜ生まれたのか、そしてその結果はなぜ無視され、その後はどうなったのか、当時の国際情勢と日本の立場などを振り返りながらわかりやすく検証していく一冊。序章では日本が置かれた立場を地政学的に概括し、「第1章 戦前日本の内憂外患」「第2章 日米開戦前夜」では、日清・日露の戦争や第一次世界大戦を経た国際情勢を踏まえながら、大陸での係争と戦火、そしてアメリカと敵対せざるを得なくなった日本の状況について、「第3章 『日本必敗』総力戦研究所の報告」では総力戦研究所の実態とシミュレーションの内容について検証。「第4章 史上最大の総力戦の詳細」は、太平洋戦争の諸相とシミュレーションとの酷似ぶりを解説していく。

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歴史と人物23 開戦前に日本の負けはわかっていた 『昭和16年夏の敗戦』

 巻頭と巻末には『昭和16年夏の敗戦』の著者・猪瀬直樹さんの特別インタビューもある。日本人の戦略的思考の欠如と意思決定の脆弱性――『昭和16年夏の敗戦』でも指摘する日本の「弱点」をこれからどうしていくべきなのか、その視点は示唆にあふれる。日本が再び過ちを繰り返さないために、当時の状況をあらためて点検し、各々が自ら考えていくのは大切なこと。このムックを副読本にドラマを観て、さらに理解を深めたい。

文=荒井理恵

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