【最恐セレクション】背筋、梨、澤村伊智…人気ホラー作家によるアンソロジー! 読者の深層心理を抉る、珠玉の短編集【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/8/6

令和最恐ホラーセレクション クラガリ
令和最恐ホラーセレクション クラガリ(文春文庫)

 あなたは、どんなものに恐れを抱くだろうか。幽霊、呪いの類、連鎖する強迫観念。どれもみな恐ろしく、日常に不穏な影を落とす。人気作家による全6作の短編集『令和最恐ホラーセレクション クラガリ』(文春文庫)は、彩り豊かなホラー作品を取り揃えている。どの作品にもっとも恐怖を抱くのか。そこには、少なからず自身の深層心理が反映される。

 トップバッターを務めるのは、『近畿地方のある場所について』(KADOKAWA)の映画化が話題を呼ぶ背筋氏。ハイブランドショップの店員が目の当たりにする奇妙な流行と、その先に待ち受ける結末は、昨今のSNS社会がもたらす“時流”に近しいものがある。「オシャレ大好き」というポップなタイトルとは裏腹に、数々の女性が不気味な連鎖に絡め取られていく様は、まさしく背筋が凍る。

 続く澤村伊智氏による「鶏」は、描写のグロテスクさが見事である。先輩から頼まれ、漫画家のQ氏を出迎えることになった若手編集者は、Q氏を名乗る男に夜食のチキンナゲットを勧める。しかし、男は鶏が食べられないという。「鶏を食べると、鶏になってしまう」──そう打ち明ける男は、鶏になった人間が何を食べ、どのような生活を送るかを仔細に語る。奇怪な情景が鮮明に浮かび上がる筆力が、じわじわと恐怖を加速させる。

 コウイチ氏が描く「金曜日のミッドナイト」では、地方ロケに出たテレビクルーが徐々に窮地に追い詰められていく。何かがおかしいと感じ、逃げ出そうとしても、もう遅い。『かわいそ笑』(イースト・プレス)で知られる梨氏による「恐怖症店」は、さまざまな恐怖症を、それを必要とする人に売る不思議な女が登場する。本来避けるべき恐怖症を欲するのは、一体どのような人たちなのか。店主が発する言葉の一つひとつが、自身の中に潜む傲慢さを容赦なく抉り出す。

 私がもっとも恐れを抱いたのは、栗原ちひろ氏による「余った家」だ。主人公の御蔵美岬の生家では、家族間で意見が割れた時、「多数決」で物事を決める。その家風は一見合理的だが、少数派の意見をことごとく切り捨てるものであった。美岬は常に少数派で、彼女の意見はいつも淘汰される。潤沢な資産を持つ生家に生まれた美岬は、経済的には豊かな暮らしを享受しつつも、堪えようのない息苦しさに日夜苛まれていた。

 社会人になり、家族との関係を希薄にすることでどうにかバランスを保っていた美岬だが、交際相手との結婚が決まり、久方ぶりに生家を訪れる。当初は形式的な挨拶だけで済ませる予定だった。しかし、田園調布にある空き家に住むことを姉の双葉に提案され、頑なに固辞する美岬に対し、婚約者の光二は前のめりな姿勢を見せる。家族との関わりを極力避けたい美岬と、高級住宅街に労せず住める幸運に浮かれる光二。御蔵家では、意見が割れたら多数決。その法則に則り、美岬の意思は無視され、田園調布に住むことが決定した。

 この時点で、私からすれば相当なホラーである。大切な選択を多数決で勝手に決められ、そのことに家族の誰も疑問を抱かない。自分だけが「異質なもの」として扱われる日々は、恐怖以外の何ものでもないだろう。だが、本作が描く恐怖はそれだけにとどまらない。

 田園調布の家には、かつて美岬の叔母が住んでいた。叔母は美岬とよく似ており、御蔵家の家風に疑問と嫌悪を抱く人で、それゆえに孤独であった。「多数決は少数派を封殺する」と語る叔母を“改心”させるため、御蔵家の人々は田園調布のアトリエに叔母を閉じ込めた。幽閉されていた叔母の存在すら知らなかった美岬は、母に猛然と抗議する。

“似た意見のひとと多数決で固まって楽しないでよ、私たちをなかったものにしないでよ”

 喉が痛むほど訴える美岬の声は、しかし届かない。物語終盤、さらに残酷な結末が彼女を待ち受ける。

“家の中にいる私は、走っても、走っても、ぐるぐる、ぐるぐる、果てへ行きつかない。”

 果てのない家。出口のない家。その閉塞感に縛られながら、同じ場所をぐるぐるとまわり続ける。はたして偶然の一致なのか、その様が、はやせやすひろ氏×クダマツヒロシ氏による実話怪談「警察が認めた〈最恐心霊物件〉」の一場面と重なった。恐ろしい光景は、この世ならざるものと現実の境目で生まれる。慄く人を置いてけぼりにして、直視すべき問題を「なかったこと」にして、恐怖を感じる側を「おかしい人」のポジションに据え置き、強者だけが生き残る。そんな世界が、私は何より恐ろしい。

 多様なホラー作品は、私たちの深層心理を躊躇いなく刺激する。そこに生まれる恐怖は、ある意味写し鏡のようなものだ。直視したくないのに、目を逸らせない。そんな物語が集結する「最恐」のホラーセレクションは、多くの読者を深淵に引き摺り込むだろう。

文=碧月はる

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