新聞の見出しだけで「わかった気になる」人々へ。大藪賞作家・辻堂ゆめが、新作ミステリーを通して静かに鳴らす警鐘【書評】
公開日:2025/8/31

テレビのワイドショー、新聞、ネットニュース。各種メディアで、連日さまざまなニュースが取り上げられる。とはいえ、表に出る情報は、事件の概要や家族構成など、実態のごく一部に過ぎない。
『トリカゴ』(東京創元社)で第24回大藪春彦賞を受賞した辻堂ゆめ氏が、新作ミステリー短編集『今日未明』(徳間書店)を刊行した。本書は、のどかな町で起こる5つの事件の真相に迫る。
「住宅で血を流した男性死亡 別居の息子を逮捕」
「乳児遺体を公園の花壇に遺棄 二十三歳母親を逮捕」
「高齢夫婦が熱中症で死亡か エアコンつけず」
各章の冒頭には、このような新聞記事の見出しが並ぶ。続いて、300~400字程度の記事が掲載される。本書は、それらの事件が「なぜ起こったのか」を明らかにするべく、悲劇が起こるまでの経緯について、詳細に綴られている。
特に印象深かったのは、第2章の「そびえる塔と街明かり」だ。本章で取り上げられる新聞記事の見出しは、以下の通りである。
「マンション女児転落死 母親の交際相手を緊急逮捕」
見出しを見る限り、大方の人が「母親の交際相手による虐待事案」だと判断するだろう。記事中では、女児の背中や手足に多数のあざがあったことも報じられている。実際、母親の交際相手、もしくは義理の父による虐待は、決して珍しいケースではない。
転落死したのは、小学1年生の美彩。本章は、母親の交際相手である慎一が、美彩の夏休みの宿題を手伝う場面からはじまる。母親の静香が仕事を休めないお盆期間、慎一と美彩は、図書館で参考書を眺めながら自由研究に取り組んでいた。話し合いの結果、自由研究のテーマは、慎一が得意とする理系の工作「ミニパラシュート」の実験に決まった。自身の得意分野を生かし、パパとしての存在感を示せるかもしれない。そんな淡い期待を抱く慎一の様子は、娘との関係をより良いものにしたいと願う、ごく平凡な父親そのものに見える。慎一は、“娘”との適切な距離を保つため、着替える姿を互いに見せない配慮を忘れない。当然、一緒に風呂に入ったこともない。思慮深く、忍耐力があり、誠実な男性。それが、私の慎一に対する第一印象である。
美彩の言動は終始可愛らしく、静香と慎一は仲睦まじい。だが、慎一が静香にプロポーズした夜、美彩の様子に異変があった。サスペンスドラマの中で、母親に包丁を向けられた少女が鋭い悲鳴を発するシーンが放映された際、テレビ画面を凝視する美彩の瞳は真っ暗で、あらゆる光を失った顔をしていた。その様子に、慎一は強烈な違和感を覚える。その日を境に、慎一の世界は急速に壊れていく。
3人の生活は、物語中盤までは、愛にあふれた家族そのものに見える。これこそが、虐待事案の恐ろしいところだ。本来「安全基地」である家庭は、場合によっては「檻」となる。檻の鍵を持っているのは、加害者である家族のみ。外側からは見えないのをいいことに、加害者の嗜虐心は際限なく増していく。被害者が小さければ小さいほど、SOSは届かない。
結末にたどり着いた時、冒頭に置かれた記事の見出しに、いかに自分が引っ張られていたかに気づき、愕然とした。本書で描かれる5つの事件に共通していえるのは、「ニュースの見出しだけで判断できることなど何もない」という事実だ。SNSでは、見出しだけで事件の内容を知った気になり、裁判官のごとく事件をジャッジする人が後を絶たない。何らかの事件が起きた時、それについて議論が交わされる風潮はむしろ健全といえよう。正当な批判は必要だ、とも思う。だが、文字数制限のある報道内容が事件のすべてだと思い込むのは、あまりに傲慢だ。
記事の見出しと“真相”が合致しないのは、美彩のエピソードだけに限らない。第5章の「四角い窓と室外機」は、見出しのみで判断すれば、貧困による痛ましい事故と予想される。だが、その裏側には実に奥深い物語が存在する。すれ違う心、届かなかった思い、歪んだ真実。何かが少しでも違っていたら、救えたかもしれない。殺さずに済んだかもしれない。ニュースになる事件の多くは、きっとそういうボタンの掛け違いが生んだものだろう。
本書に登場する悲しき人々の後悔が、読了から数日経った今も胸に迫ってくる。自分の名前がニュースで報道される日など決してこないと、私は言い切れない。道を踏み外す人とそうでない人の間にあるのは、せいぜい薄皮一枚だと知っている。だからこそ、私たちはもっと話をすべきなのだろう。私たちに与えられた「言葉」という力は、傷つけ合うためではなく、歩み寄るためのものだと思うから。
文=碧月はる