2026年日本公開!話題の映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』はどんな話?原作小説のあらすじを紹介【書評】
公開日:2025/9/6
映画『オデッセイ』の原作となったベストセラー小説『火星の人』(小野田和子訳/早川書房)の著者アンディ・ウィアーの三作目となる『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(同)が2026年に映画化される。なんと主演はライアン・ゴズリングだ。おっと、YouTubeで予告編を見ようと思ったらちょっと待ってほしい。現在公開されている予告編には小説で最もエキサイティングなところまで触れており、本書の素晴らしい読書体験がスポイルされてしまう(ちなみにネタバレを英語ではSpoilerという)。
と、言ったところで本書『プロジェクト・ヘイル・メアリー』をレビューするのはとても難しい。なにせ冒頭から昏睡状態から目覚めた人物の独白から始まり、自分がどこにいるのか、何者なのかもわからず記憶を失った語り手が徐々に自分自身の正体と目的を思いだしていくところからすでにとても面白いのだ。


たとえば梯子の長さを10フィートと表現した自分を振り返って、ヤード・ポンド法で考えた自分はたぶんアメリカ人だと推察していくように、ユーモラスながらもとても理知的に自身の正体を解明していく。彼は一体なにものなのか?
ここまでで上巻が始まって数ページ。なんということだ…このレビューを書き始めて早々にネタバレを気にして本書の主人公さえも紹介できないことに気がついた。ということで、ここまでのレビューですでに「面白そう」と思ってくれた人はすぐにでも書店に足を運んでぜひ本書を読み始めてほしい。
さて、ここからはもうちょっと本作に踏み込んで本書のあらすじをざっくり紹介しよう。
ある日、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の観測衛星アマテラスが太陽の出力が下降していることを確認し、このまま太陽の出力が下がり続けると数十年後には絶滅レベルの災厄が地球を襲うとわかった。原因はどうやら太陽から金星までに連なるペトロヴァ・ラインと呼ばれる謎の現象が関わっているとして、人類は無人探査船を金星周回軌道に投入しペトロヴァ・ラインを形成する未知の物質のサンプルの回収に成功する。
そして回収したサンプルの正体を突き止めるため白羽の矢が立ったのが、かつて生命体にはかならずしも水が必要ではないとする論文を発表して学会から嘲笑された中学校教師のライランド・グレースであった。
——ここまでが本作の始まり、物語の導入である。大丈夫、本書はこれくらいの事前情報で読書体験がスポイルされるほどヤワじゃない。
すでにアンディ・ウィアーのデビュー作でベストセラーとなった『火星の人』をお読みいただいている方には、同様にあの有頂天サバイバルが再び味わえるのが『プロジェクト・ヘイル・メアリー』であることも声を大にして伝えておきたい。また、前者が火星に取り残された主人公マーク・ワトニーが自身の立案と計画と実行にもとづいて、独りで着実に問題を解決していく作品とすれば、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は地球規模、いや宇宙規模で問題解決に挑むスケールがこれまた圧巻なのである。
アンディ・ウィアーが描く小説の素晴らしさは、登場する“人物”たち皆が科学や知識とほんのちょっとのリスクを背負うことによって問題を解決できると信じ、その気持ち良いまでの前向きな思考であるところだ。科学を礎とした“文明”を信じる著者の眼差しはいつだってポジティブなのである。
と、いうことで本書のネタバレに触れずにレビューを書き続けると、「結局どんな小説かわからないじゃないか」とも思われかねないので、さらに詳しく紹介すると、「熱きバディもの」で「泣けて」、「笑えて」そして「超面白い」。そう、人はネタバレを避けて小説をすすめようとすると語彙が乏しくなってしまうのである。
とにかく読んでほしい、それが『プロジェクト・ヘイル・メアリー』なのである(「ヘイル・メアリー」はスラングで“イチかバチか”の意)。そして本作で驚天動地の第二幕に触れてしまった映画情報に触れるまえに、ぜひまっさらな状態で最高の読書体験を味わってほしい。
最後に著者であるアンディ・ウィアーについて。
ウィアーは物理学者の父と電気技師の母という理系一家に生まれ、父は50年代や60年代のSF小説の愛読者。かくしてウィアーもSF小説の薫陶を受けしっかりとしたオタクに育っていった。1972年生まれのウィアーのお気に入りのSF作品はアイザック・アシモフやアーサー・C・クラーク、そしてハインラインなど、どれも60年代SF小説界の〈ニューウェーブ〉として知られた作家たちである(そのほかにはフィリップ・K・ディックやアーシュラ・K・ル=グィン、『砂の惑星』のフランク・ハーバートなど錚々たる顔ぶれ)。
その後プログラマーとして職に就きながら小説を書き続けていたが、2009年から自身のWebサイトで無料で公開していた小説『火星の人』が、読者からの後押しで電子書籍として出版。その後、出版社の目に留まり書籍化されるとベストセラーとなり映画化され、押しも押されもせぬ人気作家となったのである。科学オタク、NASAオタクという信頼しかない作家アンディ・ウィアーにはこれからも注目していただきたい。
■ハヤカワ文庫SFのアンディ・ウィアー邦訳作品
『火星の人[新版]』上・下巻
『アルテミス』上・下
ほか『フォワード 未来を視る6つのSF』に短篇「乱数ジェネレーター」収録
文=すずきたけし