九州の「土地」にまつわる怪異。一家死亡、開かずの間の家、因縁のある霊園…モデルはあの場所? 嗣人が送る、連鎖する連作短編ホラー『霧の出る森』【書評】
PR 公開日:2025/9/10

何かを引き摺り込もうとするかのようなモノクロの大きな手の表紙にハッとさせられる『霧の出る森』(竹書房)。帯に大きく付された「贄(いけにえ)」の文字の迫力と相まって、なんともいえない独特の重い気配が本から漂ってくる。それもそのはず、この本はホラー作家・嗣人(ツグヒト)さんの戦慄の新刊。かつて自身の故郷・熊本県荒尾市を舞台に〈鬼〉の怪奇譚を集めた『四ツ山鬼談』(竹書房)につぐ、九州土俗ホラーの第2弾なのだ。
物語は「白霧に包まれた御山ば見たらいかんとじゃ。贄になる…」そんな不穏なエピローグから連なる7編の連作短編だ。第一話「なもなきもの」では、都会から移り住んできた夫婦に悲劇が起きる。「夕方には戻る」と山菜採りにある山に入った夫は夜になっても戻らず、裾野の霊園で意識不明状態で発見されたのだ。数時間でまるで別人のように変わり果ててしまった夫の左手には謎の小石が…。続く第二話「くべられるもの」の主人公は小学校の新任教師。家庭訪問が始まる前に教頭から告げられたのは、昨年起きたという薄気味悪い一家全員死亡の事件についての話…。第三話「しらぬもの」の舞台は、リフォーム前提で購入した山間の中古住宅。だが2階には開かずの間があり、どうしても家主の思い通りにはならなかった。ある日、その開かずの間から不穏な物音がし、中には石を祀った祭壇が…。
以降、物語は「おかすもの」「つながるもの」「ひかれるもの」「ついでいくもの」と続いていく。物語が進むにつれ、読者は舞台がいずれも福岡県の片田舎にある同じエリアであることに気づくことだろう(どうやらわかる人にはわかる地域がモデルのようだ)。雲雀ヶ丘と呼ばれるその地域は、かつて信仰の対象とされてきた山の裾野の「禁足地」を切り開いて作られた集落であり、村人たちだけのあいだで村独自の信仰――いつか死ねば山へ行く。御山に手を引かれ、贄となる――を受け継いできた。そしてそうした土地の謂われを知らない移住者にとって、山を崩して造成された霊園は次々に起こる“謎の失踪事件”の舞台となるのだった。
なんといっても本作の面白さは、土地の因果が色濃く匂う7つの短編で、登場人物が重なり合いながら点と点が結ばれ、底冷えのラストにつながっていく連作になっていくことだろう。さらに因縁に縛られたムラ社会の不気味さと民俗学的な仄暗さも重なり合い、なんだかゾクリと怖い。
なお、表紙のイラストを手掛けたのは『屍人荘の殺人』(今村昌弘/東京創元社)など、美しい少女が描かれた装画が人気のイラストレーターの遠田志帆さん。実はこの絵も「霧の中から死者の少女が生者を黄泉に引き摺り込む」とのコンセプトで描かれたというが、パッと見たところでは少女の姿が見えてこないのは気鋭のブックデザイナー坂野公一+吉田友美(welle design)が起こしたマジックだ。ただし読むにつれ、あの村に惹きつけられ、あなたも「見えない少女」にあちらの世界に引き摺り込まれてしまうかも。ご用心。
文=荒井理恵