国際的ヒット作『いま、会いにゆきます』の著者・市川拓司。その日常と思考を、発達障害の特性を軸に綴る【書評】

生き方

公開日:2025/9/23

発達障害のぼくが世界に届くまで
発達障害のぼくが世界に届くまで市川拓司/筑摩書房)

発達障害のぼくが世界に届くまで』(市川拓司/筑摩書房)は、大ベストセラー『いま、会いにゆきます』の著者である市川氏の人生と日常を、発達障害の特性を軸に描いた一冊だ。本作は発達障害(ADHD/ASD)当事者の思考と、それに紐づく行動や決断、その結果もたらされる人生について、まるで物語のように読むことができる。

 第一章では、発達障害にはどのような特性があるのか、そして世界がどのように見えているかがエピソードと共に説明される。前提として、発達障害と一言で言っても、個人によって特性は異なる。だからこそ、一般化した知識としての記述でなく、個人の体験談に基づいて発達障害を紹介する第一章は、当事者の視点での理解が深まりやすい。“まわりのひとたち”と著者の間にある違いがありありと伝わる一方、発達障害を扱う多くの書籍に共通する“困難さ”や“苦しみ”の色は極めて薄い。発達障害の特性をニュートラルに語る文体が心地いい。

 第二章以降は、長年共に生きる妻との話や、緑あふれる自宅の話など、過去から現在に至るまでの経験談が続く。創作の源泉となった出来事や、作家としての暮らしぶりなど、同氏の作品を愛する読者が嬉しい内容が多く含まれていた。また、発達障害の特性を活かしながら心豊かに生きる道を拓いていく過程を知れるという観点では、発達障害当事者にとっても学びが多い。

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 特に印象的だったのは第四章『目眩と幻覚の日々』である。著者が世界をどのように感受しているかが語られていて、まるで本人の思考に潜り込んでいくような没入感があった。それほどつぶさに内面を綴っているからこそ、読者は擬似的な当事者の感覚を味わい、目眩を感じるだろう。華々しい実績や愛する家族のエピソードからは成功者の印象を抱くが、その裏側には、不眠症状や興奮状態と向き合い、それを制御する工夫を地道に重ねる姿もある。発達障害がもたらす光と影を、あくまで当事者の経験談として、いずれかに比重を置くことなく語っているのも本書の特徴である。

 また、個人的には著者と妻の関係性について、多くの人に読んでほしい。著者は自身の肩書きを「愛妻家作家」と述べており、これまでの作品に描かれたエピソードにも二人の経験が色濃く反映されているという。多様な恋愛の在り方が広まる昨今、誰か一人を生涯にわたり愛することは珍しいことかもしれない。一方、著者は15歳で出会ったパートナーと交際を経て結婚し、現在もその関係を続けている。そんな二人の心情や関係性を随所に読み取れるところが、発達障害というテーマを超えた価値を本書にもたらしている。

 純粋に一人を愛し続けられる理由について、発達障害の特性が関わる部分も大いにあるのだろうと著者は語る。実際、本書では発達障害当事者がパートナーに対してどのような思考を巡らせているかを、詳細に描いている。その内容は当事者でない人にとっても、誰かを大切にし続けるための示唆に富む。互いを深く知り、寛容に受け入れる。そんな人がたった一人でもそばにいる人生の豊かさは、障害の有無を超えたすべての人にとって共通するはずだ。そして、それは著者が志している“世界に優しさを広げる”ことの第一歩でもあるだろう。

文=宿木雪樹

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