はやみねかおる「自分の代わりに1冊小説を書いてほしい」作中のAI・RDをファンが育てるプロジェクトで、東北大学のAI研究者と語るRDの未来【はやみねかおる×赤間怜奈 対談インタビュー】
公開日:2025/10/3
児童文学作家・はやみねかおる氏の公式ファンクラブ〈赤い夢学園〉。はやみね作品の世界を楽しみつつ、校長・はやみね氏と交流し、作品づくりを応援できるサイトだ。
そんな〈赤い夢学園〉内の「倉木研究所」で、AIを使用して「怪盗クイーン」シリーズの人気キャラクターを再現する「RD育成プロジェクト」がスタートする。“未完成のAI”「RD」を、ファンとの対話を通じて知識や性格を学習させ、AIとして成長させていくプロジェクトだ。

このプロジェクトを行うきっかけになったのは、東北大学でAI研究を行う赤間怜奈氏のインタビュー。「人工知能」という存在に興味を知った入口が児童文学だったといい、まさしくそれが「怪盗クイーン」シリーズのRDだったのだ。


本記事ではそんな赤間氏と、原作者のはやみね氏が初の対談。お二人から見た本プロジェクトやAIについてなどのお話を伺った。
――「『人工知能』という存在に興味を持ったきっかけは、小学生の頃に出会った児童書でした。」と赤間さんが答えていたインタビューが、今回のプロジェクトのきっかけと伺いました。
赤間怜奈氏(以下、赤間):「人工知能」という概念を知ったのが、はやみね先生の作品でした。一番最初に読んだはやみね作品は、小学生低学年の頃に図書室で借りた『そして五人がいなくなる』だったと思います。ミステリー作品が好きだったこともあり、夢中になって読みました。シリーズを追っていくうちに『いつも心に好奇心! 名探偵夢水清志郎清志郎VSパソコン通信探偵団』に行き着き、そこで怪盗クイーンと世界最高の人工知能RDに出会いました。

――RDを盗み出そうとする怪盗クイーンと、名探偵夢水清志郎の対決が描かれた小説ですね。
赤間:強くて美しい、怪盗なのにヒーローみたいなクイーンに惹かれたのはもちろんなのですが、『いつも心に好奇心!』で、人工知能には心があるのかどうか、感情を持つべきかどうか、という議論がなされていたことがとても印象に残っていて。結果的にRDは、怪盗クイーンの乗る飛行船トルバドゥールの制御システムとなるんですけれど、人間ではないのに、誰より「人間」を理解しながら、仲間の一人としてサポートし続けるその姿が、あまりにかっこよくて、人工知能という存在自体に興味を持つようになりました。
はやみねかおる氏(以下、はやみね):自分の小説を読んで、人工知能のすごい研究をされる方が生まれたということが、まずはとても嬉しいんですけれども、同時に、人の人生を左右する一因になってしまったことに「ええんやろか」という怖さもありますね。でも、やっぱり嬉しいです。ありがとうございます。
赤間:私のほうこそ、ずっと大好きな作品にこのようなかたちでかかわれるなんて、夢みたいです。どうもありがとうございます。
はやみね:RDはそもそも、軍事用に開発されたものなんですよ。A地点とB地点のどちらかを攻撃しなくてはいけないときに、人工知能なら一切の感情を抜きにした判断をするんじゃないだろうか、と思って考えました。でも実のところ、自分で書きながら「本当に感情はないんだろうか?」と迷っている部分があるんですよね。
赤間:まるで感情があるようなふるまいをすること自体はできてしまうので、それを受け取る側の人間は実際に感情があるように感じてしまうんですよね。今回、プロジェクトにお声がけいただいたことをきっかけに、改めて作品を読み返したのですが、子どもの頃に感じていた大仕掛けのトリックに対する興奮を越えて「そうまでして守りたいものがある」というところに心が打たれてしまいました。
はやみね:そうなんですよね。だから、少なくとも自分はしっかり頭のなかで線引きしておこうと思って「感情ではなく、電気信号の表出である」ということを意識するようにしています。じゃないと、なんだかとても怖い方向に話が進んでいってしまう気がして。
――RDも「わたしはあなたの友だちではなく、一介の人工知能にすぎません」と作中で言っていますよね。
はやみね:そのセリフがなんで生まれたかというと、世間で犬が服を着て歩き始めたくらいから「ちょっとやばいんちゃうか」という想いがあったからだと思いますね。犬は犬、ペットはペット、自分の子どもとは違う、という線引きはしっかりしておかなきゃいけないんじゃないかと。
赤間:人工知能、という言葉自体が期待をふくらませやすいというか、これまで数多のフィクションで描かれてきた知能を持った生命体のような印象を与えてしまうのかもしれませんね。少なくとも現時点では、あくまでも科学技術で成り立つ道具の一つという認識です。どういう仕組みで動くのか、何ができて何ができないのかを正確に把握した上で、人間が便利に「使う」ためのものです。
はやみね:便利なんですよね、本当に。自分は、超アナログな人間なので、ChatGPTを使ったこともないですし、そもそも名前が覚えられないから「ちょっと(Chat)ごはん(G)とパン(P)食べよ(T)」って頭に入れていたくらいなんです。
赤間:(笑)。
はやみね:でも、インターネットで調べ物をするときに、AIが最初に答えを出してくれるのは助かるし、調べ物の時間も短縮できる。ただ、自分で手間をかけて調べたことのほうが、時間が経ってもきちっと頭に残っているものなので、手軽さと一緒に常に不安も抱えていなきゃいかんな、と思っています。とはいえ、今回のプロジェクトでRDが育ってくれたら、自分のかわりに1冊くらい小説を書いてくれるんじゃないかって期待もしてるんですけど……。
赤間:はやみね先生がふだん書かれている、自立するほど分厚い本を書くことは現行の技術でも可能です。書くだけなら、ページを埋めるだけなら、です。それをファンが「次も読みたい」と思ってくれるようなクオリティで完成させられるかというと、おそらく難しい。上手く指示を与えられればあるいは、という可能性はありますが、はやみね作品らしいおもしろさというものを、明確に言語化できないことにはそれも難しそうです。そもそも「らしさ」って何だ?という。これこそが、このプロジェクトの挑戦でもあります。

――今回のプロジェクトでは、「読者がキャラを育てる」がコンセプトなんですよね。RDとして完成されたものを披露するのではなく、みんなでRDと対話をくりかえすことで「RDらしい」存在へと育て上げていく。
赤間:最初にお話をいただいたのは、ファンの方に「RDと話す」体験を提供するために「RDを再現」したい、というものでした。どこまでできるか分からないので、まずはシンプルな方法論でそれっぽいものを作り、そこからより精緻に再現するために解決すべき課題を調査する、という手順で進めました。いわゆる普通のAIとしてはそこそこ良い性能のものはできたのですが、私からする「これはRDじゃない」と思ってしまうことばかりで。こんなのRDじゃない、とファンのみなさまが感じてしまうことは容易に想像できました。
はやみね:自分もプロトタイプのRDと会話してみたんですが、倉木博士のことを聞いたら「彼」って言ったんですよ。これはまだまだやなあ、と思いました。
赤間:口調や性格特性といった意味でのRDらしさが不十分なのはもちろんのこと、その世界観に適さない知識に基づいた会話を生成してしまうんですよね。倉木博士に関していえば、検証していないので実際のところはわかりませんが、学習の過程で「博士」を「彼女」ではなく「彼」と呼ぶ事例をより多く見ていたために「彼」という人称を選択した、という可能性はあるかもしれません。こうした“違和感”をフィードバックを通じて解消していこう、というのが今回のプロジェクトの主旨です。
はやみね:なるほど、ただ間違えたんではなく、データに基づいて選択された「彼」だったんですか。それは、自分みたいな昭和のじいさんが「博士っていうからには男だろう」って思いこむのと同じ、ってことですよね。今、聞いていて、ぞわっとしました。まだまだやなあ、と思っていたけど、むしろ自分たち人間と、近い場所にまで迫ってきているのかもって。
赤間:ああ、確かに……。最近のAIは、何百億、何千億という規模の言語データを学習しています。これって、人間が生涯目にする情報量とどれくらいの違いがあるのでしょうね。クイーンのお師匠様くらい長生きしてようやく到達できるレベルなのでしょうか。
はやみね:いやあ、すごい。
赤間:これほどまでに大量のデータを学習していても、会話をして「RDらしい」と感じられるかどうかはまた別、というのが本当に難しいところです。現段階のシステムには、口調を模倣させるためにシリーズに含まれるRDのセリフテキストを、作品世界に固有の知識を獲得させるためにシリーズの本文テキストとキャラクタ設定情報なども与えています。でも依然として、私がRDに抱いている「情報は正確だけどユーモアがある。軽やかで知的、言葉遣いがおしゃれ。ふざけるけど軽薄ではない」という魅力を十分に再現しているとは言い難い… 絶賛奮闘中です。
はやみね:現段階では、クイーンが盗み出してから1年か2年経ったくらいのRD、っていう印象ですね。しゃれた言い回しとかができないのは、まだクイーンの悪影響をそこまで受けていない。クイーンと一緒に過ごすようになれば、すぐ、反抗期をうまいことごまかす小狡い少年くらいにはなるんじゃないでしょうか。

――なるほど。RD自体も、クイーンとの対話を重ねたからこそ、学習して今の「らしさ」を手に入れているわけですね。
はやみね:そういう意味では、確かにユーモアとか情報とかは足りていないかもしれないけど、淡々と迷いなく的確に情報を返してくれる感じは、ものすごくRDっぽいな、と思いましたね。しかし申し訳ないのは、自分も、何かを意識して会話を書いているわけじゃないってことなんですよ。クイーンのシリーズに関してはとくに、物語の展開以外は、考えずに書いているもんですから……。自分でも思いもよらないことを話し始める、ってことばっかりなので、それを再現しようとするのは本当に難しいだろうなと。すみません。
赤間:とんでもないです。RDらしさを探るという口実で、ここ半年くらいシリーズ全巻を何度も読み返しているのですが、こんな幸せな仕事はありません。はやみね先生も乗り気と伺ったので全力で再現に挑んでいますが、大事な作品をお借りしてこんなに楽しませていただいていいんだろうかと、恐縮しているくらい。ただ、私個人の力ではどうしてもRDらしさの調整に限界があるため、今後は多様なファンのみなさまのお力を借りることでより網羅的かつ効率的に「らしさ」の調整を進めていければと思っています。ここからは数の力も大事になってきますので。
――逆に、一人ひとりのイメージするRDらしさにズレが生じたとき、学習に矛盾が生じることはないのでしょうか。
赤間:ズレはあると思います。が、それこそ、まさに「らしさ」と言えるのではないでしょうか。誰かにとっての優しさは、誰かにとってのいじわるであるように、RDに対する印象も、読者によってさまざまだと思います。とらえかたの異なる人たちが、さまざまな角度からRDと接して、それぞれが思う「らしさ」をフィードバックしていく。そうすることで、多面性のあるよりリアルなRDらしさが形成されていくのではないかと期待しています。
はやみね:RDはゆくゆく、神に近づいていく存在になると、自分のなかでは設定しているんですよ。人工知能をつくりだしたのは人間だから、RDにとって人間が上位の存在なんだけど、同時に、RDが究極の自分を追求していくことで、人間の上位的な存在へと育っていく……と。これ、いつもちゃんと伝わってるか自信がないんですけど(笑)、RDの進化っていうのは物語のなかでも重要なポイントなんです。だから今後、みなさんにRDを育ててもらった先で、「どんな風に活躍したいか」「物語でどんな動きをしたいか」を聞いてみたいですね。歌って踊れる人工知能になるために、どんな努力をしているのかとか。
赤間:それは私も聞いてみたいです! 賢くて可愛らしくてとても頼りになるあのRDに、今のAI技術でどこまで迫れるか、というのは研究者として非常に興味があるところです。この挑戦の行く末を、ファンのみなさまと、そしてはやみね先生と一緒に見届けられることを、本当に、言葉にできないくらい楽しみにしています。
はやみね:自分はただわくわくしながら待っているだけなので、ご苦労をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。そして最終的にはやっぱり、RDに、一冊くらい書いてもらえるようになると嬉しいです(笑)。
取材・文=立花もも