令和版ブラック・ジャック! 無免許医師が超人気女優を整形手術する!? 現役外科医による医療エンタメ小説【書評】
PR 公開日:2025/10/7

『最後の外科医 楽園からの救命依頼』(中山祐次郎/文春文庫)は、無免許の天才外科医が、無理難題な“不可能手術”を華麗に完遂するエンタメ医療小説である。ドラマ化もした『泣くな研修医』の著者が描く、待望の新シリーズだ。
銀座のとある高級ジュエリー店には、合言葉を知る者しか通されない一室がある。
辿り着いた者は、莫大な費用を請求されると知っていても、天才外科医のカイに手術を依頼すべく、悲壮な希望を抱きやって来ている。
そう、ここに来るのは皆、よそで匙を投げられ、もはやすがれる先もない限界患者ばかり。行き場のない患者にとってここは最後の砦なのだ。
政界、財界、芸能人、闇社会の住人といったクライアントと交渉をするのは、カイの相棒の神園(かみぞの)。彼がクライアントの覚悟を問い、条件をクリアした者のみが、カイに執刀してもらえるチャンスを得ることができる。
29歳のカイは、10歳より中東の戦地でメスを握り、数多くの命を救ってきた。一方で平和な日本で生まれていたら決して経験することのなかった“死”も、知り尽くしている。
そんなカイのもとにやってくるのは、「“世界チャンピオンへの無謀な賭け”か“家族と過ごす幸せな余生”か」という2択を迫られた若きボクサーや、「顔を変えて平凡な人生を生きたい」と望む超人気女優と、彼女の顔になって平凡な人生をやめたい一般女性といった、ドラマチックな経緯を持つ患者ばかり。
カイはどんな無理難題の手術も、その類稀なる技術、経験、集中力でやってのけるのだが、常に付きまとうのは心の葛藤である。
医師は患者の運命を大きく変えてしまうことがある。その重みを感じながら、カイは今日もメスを執るのだが――。
本作の魅力は、個性的なキャラクターたちだろう。
特殊な過去を持つ天才外科医のカイはもちろん、カイの幼馴染でもある交渉人・神園や、カイの神業手術を完璧にサポートする看護師の華(はな)、やってくるクライアントたちも、実に個性的なバックボーンを持っている。
個人的には、美し過ぎる女優兼モデル・二階堂桐子のエピソードはかなり面白かった。最愛の人の死をきっかけに、整形して作り上げた“完璧”な顔を捨て、自由になりたいと望む彼女は、平凡な人生に飽き飽きしていたとある女性に自らの人生を譲ることを決める。
不可能かと思われたその整形手術は、カイによって一分の隙もなく完遂される。だが、その後の二人の人生は――?
ここがもう一つ、本作の魅力である。
「手術が成功するか否か」ではなく、「手術することは正しいことなのか?」「手術をして助けた命の、その後の人生は?」という問いが、カイに、そして読者に投げかけられる。ここが医療エンタメ小説という面白さだけではない、本作ならではの“深み”だと感じた。
少し話は逸れるが、本作の著者は、日夜手術に明け暮れる現役外科医だそうだ。
思わず「だからか!」と腹落ちした。手術描写のリアリティが抜群なのだ。専門用語が飛び交い、スピーディーに状況が活写されていく。自分がその場にいて、実際に立ち会っているような感覚になれ、難しい専門用語も声に出して読みたくなるようなカッコ良さだった。
多くの魅力が詰まった本作、ぜひ読んでみてほしい。
文=雨野裾