『時をかける少女』をアニメ化した理由とは? 「紺野真琴」という新しいヒロインに込めた思い【監督・細田守インタビュー】

文芸・カルチャー

更新日:2025/10/20

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2006年8月号からの転載です。

 筒井康隆のジュプナイル小説『時をかける少女』(以下『時かけ』)は、72年に「タイムラベラー」の題名でテレビドラマ化されて以来、内田有紀主演の連続ドラマ(94年)、安倍なつみ主演の単発ドラマ(02年)など、時を越えて何度も映像化されてきた。

 誰もが記憶に残っているのは、当時14歳の新人アイドルだった原田知世が主演し、“映像の識術師”大林官彦監督による映画版(83年)だろう。原田知世が歌う主題歌も大ヒットしたこの作品は、広島県尾道市を舞台に、原作では描かれなかった三角関係や初恋要素を膨らませた、青春恋愛映画の傑作だ。

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 そしてこの夏、『時かけ』が“初めて”アニメ化される。監督は劇場版『ONE PIECE ワンピース THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』、ルイ・ヴィトンの店頭プロモーション用アニメ『SUPERFLAT MONOGRAM』(現代美術家・村上隆とのコラボレート)を手掛けるなど、掛け値なしに今最も熱い注目を集める、細田守。キャラクターデザインは『新世紀エヴァンゲリオン』を手がけた貞本義行が担当する。

 主人公はなんと、小説版の主人公である芳山和子を「魔女おばさん」と呼ぶ、紺野真琴。2006年の東京下町で古器校生活を送る、アニメ版オリジナルキャラだ。彼女の声を演じるのは、数百人のオーディションから選ばれた新星、仲里依紗。原作で描かれた事件から約幻年後、38歳になった芳山和子の声を、若手節頭の実力派女優、原沙知絵が演じる。

 原作の続編的性格を持つ新しい物語と、最新のアニメーション表現によって、『時かけ』はどう生まれ変わるのか?企画のスタートから2年半以上の歳月をかけて本作に取り組んだ細田監督に話を伺った。

なぜ今、アニメーションか?

 アニメーションのさまざまな技術を駆使して今回、僕らが何を表現しているかというと、「ここに一人の女の子がいますよ」って現実感を一生懸命突き詰めてるようなものなんです。ひと昔前だったらきっと、アニメーションでリアルを志向しても「なんでこれをアニメでやるんだ?実写でいいじゃないか」みたいな反発が強かったと思う。

 高畑勲監督の『火垂るの墓』(88年)や『おもひでぼろぽろ』(91年)は当時かなりそう言われたんだけれども、じやあ同じことを実写で撮って本当に『おもひでぽろぼろ』的なものが出来るのかと言えば、まず無理でしょう。あの手法でしか立ち現れない特別な現実感が、間違いなく存在する。そのことを、今やアニメーションの作り手、受け手双方に共有し始めているんじゃないか。とすれば06年の今、旬のアイドルを使って演出プランは大林版にのっとって、という縮小再生産的なやり方で新しい実写版を作るよりは、アニメーションで作る方が絶対に面白いものができると思えた。それが『時かけ』をアニメ化しようと考えた理由のひとつです。

「未来」を作り直す

 僕が『時かけ』を初めて読んだのは、中学1、2年だったかな。それまで読んでいた筒井先生の作品は、迷路のような構造を持った実験的なものばかりだったけど、『時かけ』は呉実一直線で虚飾がない。その新鮮さも含めて非常に感動した記憶がありますね。

 ただ、内容に関しては高校1年の時に観た大林版の映像のインパクトが強烈で、いつの間にかイメージがすり変わっていた。というのも、改めて原作を読み返してみたら、未来描写がとにかく多いことに驚いたんですよ。2660年の未来社会に関するくだりが充実していて、決してユートピアではないんだけど、それでも未来に行ってみたくなるような“まぶしさ”が、ストレートに描かれていた。対して大林版はノスタルジーを強調していて、過去にこそ理想的なものがあるとしている。僕らが作っている『時かけ』は、原作のスピリットに準拠しているんです。つまり未来から来た少年を通して、ヒロインが未来へと視線を伸ばしていく、その感覚を大事にしています。

 今、なかなか未来という言葉を使えないと思いませんか?それは21世紀を生きる僕らが新しい未来に対するイメージを持てないからなんですよ。前世紀の頃は、SFスーツを着てエアカーで出勤するような未来が広がるはずだと胸を踊らせることができた。でもいざ21世紀になったら、そんな未来はどこにもない。そのショックからまだ立ち直れていないんじゃないか。

 ただ、僕らがかつて抱いていた未来像は、経済の発展とともに科学技術も進歩し未来社会へと変貌する、そこに僕らも居合わせたいという感覚だったんですね。つまり、夢見た未来の世界を誰かが作ってくれるのを、僕らは待っていた。それって芳山和子の選択に似ていますよ。「僕は未来から来たんだ」と告げた少年は、いつか帰ってくるかもしれないという言葉を残して、少女の元を去っていく。そこで芳山和子が選択したのは、「待つ」ことだけだったわけです。ところが、21世紀が6年も経ってるのに誰も何もやって来ないわけですよ。やって来ない時にどうするか?自分からドアを開けて、未来へ走り出して行くしかないんじゃないか。

 ですから紺野真琴という新しいヒロインは、芳山和子のように受動的で思慮深い性格ではなく、頭で考えるよりも体を先に動かしてしまうような、ちょっとアホな子(笑)にしました。原作や大林版とは違い、この子は何もかも自分で主体的に決めているんですよ。失敗も成功も含め自分で決めて自分で後悔して。そうやって右往左往しながらも前向きでありつづけるバイタリティが、新しい未来に向かっていくために必要なんじゃないか。この映画は原作にあるような未来描写は出てこないんですけど、彼女の行動を通して未来をまなざしていける、そんな思いを込めて作っています。

 僕らの新しい『時をかける少女』を観て、自分は20年後ぐらいに何をしていて、世の中がどう変わっているのか考えてみるのも面白いんじゃないでしょうか。紺野真琴と一緒に、新しい未来へとかけ出してみませんか。

取材・文=吉田大助

©「時をかける少女」製作委員会2006

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原作・脚本・監督:細田 守
https://scarlet-movie.jp/
©2025 スタジオ地図
11月21日(金)公開