大谷翔平と同い年であることは「夢を奪われること」? かつて“天才”といわれた大谷世代の選手たちの今【書評】
公開日:2025/10/16

大谷翔平はいうまでもなく当代随一のスーパースターである。しかし、本書のタイトルを初めて目にしたときに「大谷翔平世代」という言葉にちょっとした引っかかりを感じたのは、これが「松坂(大輔)世代」ほど浸透してはいないためだろう。
本書『さよなら、天才 大谷翔平世代の今』(中村計/文藝春秋)は「かつて大谷翔平よりも“天才”といわれた」同い年の選手に取材したものである。取材対象の筆頭は藤浪晋太郎。著者はプロローグで次のように語る。
“大谷は今や異世界の人類かと思えるほどの成績を残し続け、世界レベルで野球の歴史を塗り替え続けている。ただし、高校3年の時点で世代の頂点にいたのは春夏と連続で全国制覇を成し遂げた大阪桐蔭のエース、藤浪の方だった。
その頃、「藤浪世代」や、「藤浪・大谷世代」という言葉はあっても「大谷世代」という呼び方はまだ存在しなかった。”
確かに大谷は高校時代からその名を馳せていたものの、2回出場した甲子園ではともに初戦敗退。「球児の夢の舞台」でもっとも輝きを放ったのは藤浪だった。高卒で4球団のドラフト1位指名を集め、阪神タイガースに入団。2023年からMLBでプレーしたのち、今年から日本球界に復帰、現在DeNAのユニフォームを着ている。1994年生まれの彼らは、昨年度30歳という節目の年齢を迎えた。この間に大谷はめざましく変貌を遂げたわけだが――そんな彼について、また野球というものに対して藤浪をはじめとする同期の天才たちは今どのような思いを持っているのか。
大谷翔平と同い年であることは「夢を奪われること」ではないのか。本書は、こんなドキッとする問いからスタートしたわけである。
登場するのはいずれも「天才」と呼ばれた男たちだが、彼らがたどる道程はじつにさまざまだ。
たとえば中学時代の大谷に「負けた」「上には上がいる」と言わしめた怪物少年も、大谷が「落選した」楽天のジュニアチームでエースを張った少年もプロに進むことはなかった。
プロになる夢をかなえた者たちも、天才ばかりの世界でもがき苦しむ。そこで頭角を現していくために必要なものは何なのか。それなりに自信を持っていた者が、圧倒的な才能に出会ったときどう感じるのか。プロで活躍する人間とそうでない人の分かれ目はどこにあるのか。著者は非常に聞きにくい質問をも率直にぶつけていく。それに答えられるのはトップレベルの天才と同レベルで鎬を削ったアスリートだけだというリスペクトがあるからだろう。
「あのとき、プライドを捨ててどうすればいいか聞くことができていれば」と後悔する人、「もっと早く挫折を経験していれば対応できたかもしれない」と回想する人もある。最後に残るのはあきらめない人間だという考え方もあるが、果たしてそれは真理なのか?
プロ選手として立派に通用しているにもかかわらず、現在の自分のあり方を妥協点と位置づけている人に驚かされもする。
生まれながらに頭抜けた才能を持ち、野球に向き合った「天才」だけが知り得る地平を垣間見る、胸に迫るドキュメント作品である。
文=粟生こずえ