全裸の女性の死体が相次いで発見――奥田英朗の傑作犯罪小説『リバー』が待望の文庫化【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/10/20

リバー
リバー(奥田英朗/集英社)

 未解決連続殺人を軸とした重厚な人間ドラマを描く犯罪小説『リバー』(奥田英朗/集英社)。圧倒的な筆致で描かれた長編として高く評価された本作が、下巻の文庫版として発売される。

 北関東を流れる渡良瀬川の河川敷で、全裸の女性の死体が相次いで発見される。その手口は、10年前の未解決連続殺人事件と酷似していた。事件の真相を追う警察と記者、過去の事件の被害者遺族、そして浮かび上がる複数の容疑者たち。事件にまつわる人々の選択が、やがて犯人を示す手がかりにつながっていく。

 読み進める手を止められないのは、もちろん事件の真相を知りたいからだ。しかし、本作の見どころは真相そのものだけでなく、さまざまな角度から照らされた人間心理の様相にもある。家族を奪われた悔しさや、幸福への渇望など、登場人物たちの中には薄暗い感情が渦巻いている。彼らの行動には歪みや弱さがあるからこそ、共感しながら読むことができた。

 警察小説としても読み応えがある一冊だ。10年越しの未解決事件、しかも現場が群馬県と栃木県どちらにもあるため、登場する警察関係者の数が多い。若手からベテランまで個性豊かな面々がそろう。捜査のプロセスがリアルで、まるで自分も警察官の一人として事件を追っているかのような没入感を得られた。

 物語を読み進めるうえで、読者は複数の登場人物の視点を往来し、事件解決につながるヒントを拾い集めていく。その主体となる登場人物の内面は緻密に描かれている一方、心のうちが読めない登場人物は謎が多く残る。想像が膨らみ、ときには猜疑心や疑念が芽生える。語られることと語られないことの濃淡が明確であり、その特徴がラストに独特の余韻を残す。あえて語らない“寡黙さ”も、ハードボイルドな世界観を支える重要なピースだ。

 ちなみに題名である『リバー』は、渡良瀬川の河川敷付近で起こった一連の事件の通称である。山でも海でもなく、川が事件の舞台となっていることが印象深い。淡々と一方向に流れる川には、人生と通じるものを感じる。抗い難い流れに身を任せる月日が、誰の人生にもあるはずだ。その流れの源泉にあるのは、家族や生育環境、持って生まれた特性などさまざまである。自分の努力では変えられない無常さ。それがひしひしと感じられるからこそ、川で起こるにふさわしい事件なのだと、読み終えて改めて感じた。

 全体を通して、スリリングなサスペンスとしても、濃厚なヒューマン・ドラマとしても楽しめる作品だ。読み応え十分でありながら、読者を捉えて離さない展開が次々に待ち受けているので、読書時間を十分確保できるときに読み始めてほしい。警察小説や犯罪小説が好きな方にとっては、特に満足度の高い読書体験となるだろう。

文=宿木雪樹