「准教授・高槻彰良の推察」著者の新シリーズ! 家政夫×祓い屋バディが織りなす幽霊譚【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/11/7

お祓いは家政夫の仕事ですか
『お祓いは家政夫の仕事ですか』(澤村御影/文藝春秋)

 もし自分の家族が、突然死んでしまったら。霊魂でもいい、霞のような存在でもいいから傍にいてほしい。そう願うのは、至極当然のことであろう。故人もまた、家族との絆が深ければ深いほどに、己の死を受け入れ難い。双方に強く残る未練が、魂を現世につなぎ止める。その糸を断ち切るには、相当な覚悟が必要だ。

 澤村御影氏が新たに送る長編小説、『お祓いは家政夫の仕事ですか 霞書房の幽霊事件帖』(文藝春秋)は、家政夫と貸本屋の祓い屋バディの物語である。「准教授・高槻彰良の推察」シリーズでお馴染みの著者が綴るゴースト・ストーリーは、幽霊を通してさまざまな人間模様を描き出す。

 家事代行サービス『槙田まごころサポート』で家政夫として働く犬丸秋生は、複数の派遣先から高評価を得る優秀なスタッフだ。お客様からの口コミで「婿にしたい家政夫ナンバーワン」と評され、社長の美波をはじめとして、他のスタッフからも一目置かれる存在である。そんな秋生が社長から直々に指名された派遣先は、貸本屋「霞書房」を営む24歳の男性宅で、名前は鹿住透。家族はなく、希望する家事はすべての項目に丸がつけられており、特記事項の欄には『場合によって追加業務あり』との記載があった。

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 透はもともと、『槙田まごころサポート』のベテランスタッフである梨木玉枝が担当していた。だが、玉枝が引退するのを機に、秋生が引き継ぐ形となった。そのことについて、美波は次のように語る。

「鹿住さんのとこで働くのは、あんたのためにもなるはず。……あたしは、そう思う」

 この言葉の意図は、本書後半で明らかになる。置かれた台詞に絡み合う伏線が、細い糸のように徐々に手繰り寄せられる様は、ミステリー作家として名高い著者の為せる業であろう。

 透はひどい人見知りで、秋生との初顔合わせでは、カウンターの中に隠れてしまう有様だった。秋生は当初、透の様子に面食らったものの、玉枝が残してくれた引継書のおかげもあり、二人は徐々に打ち解け合う。

透の本業は貸本屋ではなく…

 ある日、霞書房に緊張した面持ちの男性が訪れた。小松と名乗る男性の職業は駅員で、2ヶ月ほど前に勤務先の駅で飛び込み自殺があったことを打ち明ける。その男性は、透に対して「霞を払っていただきたい」と告げた。この台詞は、鹿住の家に祓いの仕事を依頼する際の符丁であると透は語る。そこではじめて、秋生は透の本業が貸本屋ではなく、「祓い屋」であることを知った。

 本書では、章ごとにそれぞれ異なる幽霊が登場する。期せずしてこの世を去った魂、深い恨みを抱いた魂など、誰もが死にたくないのに死んでしまった。自らの死を覚悟して、受け入れて旅立った魂ならば、現世にとどまる理由はない。透に依頼がくる時点で、その魂は何らかのメッセージを発している。

 透の除霊方法は特殊なもので、それゆえに除霊を拒む遺族もいた。だが、すでに亡き者の魂が一箇所にとどまり続けると、新たな歪みが生まれる。その弊害を知る透は、毅然として除霊を遂行する。そこに伴う痛みは、尋常ではないだろう。物事をあるべき姿に戻すのは、除霊に限らず容易なことではない。

 家族を亡くしたある人物が、「前に進まなければ駄目なのか」と問うた。それに対する透の答えは、私たちにとっても大切なメッセージが込められている。彼が何と言ったのかは、ぜひ本書を読んで確かめてほしい。

 遺された側が生きる日々は、寂しさや孤独との闘いだ。前に進むことを拒み、暗く狭い部屋にこもって体を丸める日もあるだろう。それはそれでいい。だが、いつかは前に進むしかない。それが、生きるということだ。

 なぜ、その人が死ななければならなかったのか。故人の魂は、何を望んでいるのか。引っ込み思案で臆病な透は、そこに立ち向かう時、驚くほど凛とした姿勢を保つ。透を守ろうとする秋生がひた隠しにする痛みも含めて、本書が描く悲しみは、優しさと強さが同居する。

 生死は重いテーマだが、誰もがいつかは通る道だ。本書で描かれる魂の姿から、己の「いつか」を想像する。その瞬間、抱える未練は少ないほうがいい。そのためにも、今を精一杯生きよう。本書の余韻から生まれたシンプルな決意を胸に、昨年この世を去った祖父と義母を思った。

文=碧月はる

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