『カササギ殺人事件』でミステリランキングを総なめ! シリーズ最新作は「こんな手があったのか」『マーブル館殺人事件』【書評】
公開日:2025/11/16

「ほらね、まだこんな手もあるんですよ」と得意げな顔をしている作者の顔が思い浮かぶようだ。
『マーブル館殺人事件』(東京創元社)は英国の作家アンソニー・ホロヴィッツによる〈カササギ殺人事件〉シリーズの第三作である。第1作『カササギ殺人事件』と第2作『ヨルガオ殺人事件』はアラン・コンウェイという作家が書いた〈名探偵アティカス・ピュント〉シリーズの一作が作中作として挿入される一方で、編集者のスーザン・ライランドが現実に起きる事件に巻き込まれる様子が描かれるという二重構造の謎解きミステリだった。非常に手の込んだ物語の趣向に、アガサ・クリスティー作品を彷彿とさせる巧みな謎解きの技巧を組み合わせた作風は従来のミステリファンのみならず多くの読者を獲得し、英国の現代謎解き小説への注目を高める切っ掛けにもなったのだ。
そこで三作目の『マーブル館殺人事件』である。前二作で作中作ミステリの趣向は十分に堪能できたわけだし、流石にこれ以上は同じ趣向で書けないのでは、と思っていたところに三作目だ。なるほどこんな手があったのか、という物語が用意されており素直に感心してしまった。
読者の興を削がない程度に基本設定だけ伝えておく。『マーブル館殺人事件』も作中作を用いた入れ子構造の小説になっているが、その作中作の作者はアラン・コンウェイではない。著名な児童文学者を祖母に持つ若手作家のエリオット・クレイスという人物で、彼がコンウェイの〈アティカス・ピュント〉シリーズの十作目を書き継ぐことになったというのだ。フリーランスの編集者であるスーザン・ライランドは出版社からの要請で、エリオットが執筆する作品の編集を担当することになる。
人気を博したミステリ小説のシリーズを別の作家が書き継ぐ、という設定を聞いて思わず笑みが零れた方もいるだろう。アンソニー・ホロヴィッツ自身も『シャーロック・ホームズ 絹の家』や『007 逆襲のトリガー』(いずれも駒月雅子訳、角川文庫)など有名なミステリシリーズの続編を手掛けたことがある作家だ。ホロヴィッツは〈ホーソーン&ホロヴィッツ〉シリーズで自身を反映した語り手を登場させ、出版業界の裏事情めいたことを語らせているが、本作にも似たような遊び心を感じさせる部分がある。
もちろん謎解きミステリとしての完成度は相変わらず高い。「この可能性になぜ思い至らなかったのだろう」と読者の盲点を突く技法が本作でも冴えわたっているのだ。いや、本当にホロヴィッツの得意げな顔が思い浮かぶね。
なお『マーブル館殺人事件』は過去のシリーズ作品の内容に深く言及している箇所が多いので、未読の方はご注意を。前二作を読んでから本作を手に取った方が、より良い読書体験が出来るはずだ。
文=若林踏
