呉勝浩・作家デビュー10周年記念新作!平凡なサラリーマンが、格闘ゲームで世界を救う?ディストピアSF大作『アトミック・ブレイバー』【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/11/21

アトミック・ブレイバー
アトミック・ブレイバー呉勝浩/光文社)

アトミック・ブレイバー』(呉勝浩/光文社)は、ベストセラー『爆弾』の著者・呉勝浩氏が放つ渾身のSFエンタメ大作である。

 世界同時多発テロから27年の月日が経った東京。超管理社会の中でサラリーマンとして働く堤下与太郎は、独身生活の孤独や、豊かとは言えない暮らしぶりへの不満は多少抱えつつも、おだやかな日々を送っていた。ところがある日を境に日常が崩れ、やがて「格闘ゲームで世界を救う」という奇想天外なミッションの担い手となってしまう。果たして与太郎は、ヒーローになれるのか?

 まず本作の魅力として挙げたいのは、ディストピアのリアリティだ。小型核爆弾が世界中の主要都市に落とされた同時多発テロ「VS(ヴァージン・スーサイド)」と、そこから加速した社会のシステムチェンジ。この“すでに壊れているが持続している世界”の解像度が高く、綿密な設定がその上に描かれる物語を力強く支えている。冒頭を読むとすぐさま世界に没入する感覚が走り、引き込まれた。

 リアルだと感じた設定の一例を挙げると、この世界では電気代の高騰が加速し、電力が高級品のような扱いを受けている。主人公の与太郎はスマートフォンの充電をするため、出勤前の時間に汗を流して発電機のペダルを漕いでいる。「電気代が高い」と嘆いている私たちにとっては、なんとも想像しやすい未来だ。そのほか、経済格差や人種差別、AI依存のリスクなど、あらゆる問題について考えさせられるシーンも多い。私たちが何も改善せず過ごしていったら、きっとこの未来につながると痛感した。

 また、バーチャルとリアル、双方の熱いバトルシーンが楽しめるのも本作のみどころだ。スピード感と迫力があふれる描写に圧倒される。エンタメ要素として面白いのはもちろん、この「戦う」という行為が、本作全体のテーマを象徴している。

 徹底的に監視・管理されている社会において、人間はまるで機械のように生活し、均されている。生々しさや痛い経験がすべて取り除かれたような世界だ。与太郎もこの社会の一員であり、争いごとを避ける性質が強い。

 そんな与太郎が、命の危険を感じる体験をしたり、社会の枠からはじかれた人々と出会ったりすることで、やがて自ら「戦う」ことを決断できる人間へと成長していく。手段はどうあれ、生身の人間同士が「戦う」行為は「生きる」ことにも直結するのだ。だからこの物語は、与太郎が自身の「生」をつかみとっていく成長物語とも捉えられるかもしれない。

 こんなふうにまとめると“よくあるヒーローもの”だと誤解されてしまうかもしれないので、ひとつ補足したい。「凡人が世界を救う」と大枠だけ見ればオーソドックスかもしれないが、ラストは“お決まり”ではない。どんな結末を迎えるのか、ぜひ読んで確かめてほしい。

 SFエンタメ作品が好きな方、特にディストピアを舞台にした物語が好きな方には強く推薦できる一冊だ。また、著者の過去作を知る読者であれば、作品の振れ幅の広さ、引き出しの多さという観点で驚き、楽しめるだろう。熱量の高い一冊を求める小説好きの方にも、ぜひ手に取っていただきたい。

文=宿木雪樹

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