全盲の依頼人。証言台には、聴力を失った男性と失語症の少女――。前代未聞、超絶どんでん返しの法廷ミステリー!下村敦史『暗闇法廷』【書評】

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PR 公開日:2025/11/26

暗闇法廷
暗闇法廷下村敦史/双葉社)

 ミステリー小説における犯人の人物像は重要な要素だが、「全盲の女性」というのはなかなかないかもしれない。人気ミステリー作家・下村敦史氏の新刊『暗闇法廷』(双葉社)は、殺人容疑で逮捕された全盲の女性の無実を晴らすため奔走する弁護士の活躍を描く異色作だ。

 ある深夜、後天的な障害を抱える人々の支援をするNPO「天使の箱庭」の荒瀬施設長が刺殺された。女性の悲鳴に副所長が駆けつけると、血まみれの荒瀬の遺体の側に呆然とした様子の全盲の入所者・美波優月の姿があった。荒瀬に深夜に呼び出さて突然襲われた美波は驚いて突き飛ばし、相手が気を失った隙にめった刺しにして殺害したとしてそのまま逮捕・立件された。実は荒瀬にはかねて性加害の噂があり、美波もその被害者とされていたのだ。そんな中、美波の妹から刑事弁護人の竜ヶ崎恭介に姉の弁護依頼がまいこむ。実は美波は「深夜に施設長に呼び出されて襲われたが、殺してはいない」というのだ。

 弁護依頼を引き受けたものの、実は美波は護身用にナイフを持参していたなどの事実が重なり、状況は絶対的に不利だった。それでも竜ヶ崎は現場に足を運び、丁寧に聞き取り調査を重ね、真相解明のために奔走する。何度対面を重ねても何かを隠しているようなそぶりを見せる美波に不安を持ちつつも、着々と公判に向けて反証材料を集める竜ヶ崎。凄腕で知られる東京地検の真渕検察官を相手に、果たして竜ヶ崎は無罪判決を勝ち取れるのか――。

 一般に弁護士は依頼人のために丁寧に調査を重ねていくが、実際には警察の捜査した後を再びなぞって調べ直していくことになる。しかも警察のような力は持っていないため調査はあくまでも相手の善意の協力に頼るほかなく、場合によっては疎んじられたり警戒されたりすることもある。本書の主人公・竜ヶ崎も同様だ。検察官から「ハイエナ」と皮肉られても動じず、ベテランらしい機転でうまく関係者から話を聞き出し、依頼人の無罪を証明すべく丹念にタフに調査する姿は実に頼もしい。

 そして竜ヶ崎は、かつて「天使の箱庭」に通っていた失語症の少女にたどりつく。検察側の証拠となったビデオで荒瀬の性被害を証言していたその少女を、なんと竜ヶ崎は弁護側の証人として切り札にするのだ。一方、検察側の証人には聴力を失って読唇術で会話をする男性が登場し、法廷は異例ずくめの展開に。裁判員の心を掴むのは検察か弁護人か? 竜ヶ崎のこまやかな内面描写も手伝って、緊迫感のある静かで激しいバトルにぐいぐいひきこまれる。なお公判手続きや裁判の仕組みなど専門用語が続出するが、いずれも物語の中で澱みなく説明されるのでご安心を。法廷ものに慣れていなくても楽しめるのはもちろん、むしろ勉強になるかもしれない。

 そして待っているのは、超絶どんでん返し! まさに『同姓同名』や『逆転正義』で驚天動地のトリックを連発してきた著者の面目躍如だ。「そうきたか!」と思わず膝を打つのは、私だけではないだろう。

文=荒井理恵

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