旧約聖書には「物理の統一理論」の答えが書かれている? 東大理三出身の現役医者が描く「東京大学理科三類」の大天才の異常な論理とは【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/12/3

東大理三の悪魔
東大理三の悪魔(幸村百理男 / 宝島社)

 日本の大学受験において最難関の学部といえば、東京大学理科三類(東大理三)である。一体どんな人材が集まるのか、想像した人も少なくないはずだ。そんな好奇心をくすぐってくれる小説『東大理三の悪魔』(宝島社)は、東大理三出身で現役の医師でもある幸村百理男(こうむらもりお)さんが描く物語だ。読み進めていくとまず見えてくるのは、東大理三のリアルな会話だ。そこでは意識と論理が交錯し、想像を絶する「思考の渦」にずるずると呑み込まれていく――ここでしか味わえない異色の青春SF譚だ。

 主人公は東大理三の学生・ノボル。実は中学の途中までは落ちこぼれで、あるできごとがきっかけで成績が急伸し、東大理三に一年の仮面浪人を経て合格する。普通の学生のように友達とよく食事をする彼には変わった習慣があり、それは閉館間近の大学図書館で勉強すること。そんなノボルの前に現れたのが、難解な物理学の教科書を尋常でない速さで読み進めるサングラスの美少女だった。言葉を交わしてみると、彼女の口から出てくる論理は東大理三の友達を遥かに凌駕するものだった。

たった一度だけ東大模試を受けて異次元の点数を叩き出したり、その後はまったく講義に姿を見せなくなったりと、謎の多い少女、間宮。彼女が見せてくれる天才の圧倒的な世界観にノボルはすっかり魅了されてしまう。意識とは何か、論理とは? 世界に隠された秘密を解き明かす間宮の思考は止まることがなく、やがて過去と現代の天才を繋げるキーとして旧約聖書に書かれた「創世記」にまで話が及ぶ――。

 実はこの物語は2024年4月にKindleで発売されたもの(続く8月には続編『東大病院の天使』も発表)。自費出版でありながらKindleの売れ筋ランキング第1位の人気を集め、2025年1月に宝島社より2作を合本にした単行本が出版された。そして今回、より読みやすい形で『東大理三の悪魔(1)』『東大理三の悪魔(2)東大病院の天使』の2冊が文庫化されることになった(その続編も2026年1月に刊行予定)。

 この小説には上にあげた間宮以外にも魅力がある。例えば間宮の話す内容は圧巻だが、東大理三の友達である岡田や蔵野との会話も、目を引くものがあるのだ。彼らの何気ない会話には「思考」が濃密に詰まっている。たとえば焼肉屋の安楽亭で「なぜ会社ってサボれないのか」という学生らしい素朴な疑問から「罪悪感」というキーワードが飛び出し、それを英訳の「feeling of guilty」の頭文字をとって「FG因子」と呼び、「組織から離れようとするとFG因子が復元力となって引き戻される」と独自の理論を構築するに至り……会話を通して思考が組子のように繋がっていく感覚が本当に新鮮だ。「こういう感じが理三なのか……」と唸らせるものがある。

もう一つの魅力は物語そのものだ。実はこの小説は、間宮や理三の友達の理論が分からなくても全然楽しめる。ストーリーそのものに魅力が詰まっており、とても面白いからだ。理論の部分は雰囲気だけ味わう姿勢で読んだ方がむしろ楽しめるかもしれない。驚くのは物語全体に網目のように張り巡らされた伏線だ。例えば先ほどあげたFG 因子の会話は、物語が進むにつれて立ち上がっていく。

 続編の『東大病院の天使』では医学部6年生となり、医者の卵として成長していくノボルの姿が描かれる。世界一の外科医と称される神月教授率いる肝臓外科の実習を前日に控えた日曜日、ノボルの前に忽然と現れたのは、かつて彼を夢中にさせた人間、間宮の姿だった。宇宙の真理とは何か、なぜ生物は生まれたのか? ここでもやはり前作で残された伏線が次々と回収されていく。そしてページをめくるごとに、世界の真理が開けていくような感覚を味わえるのだ。

文=荒井理恵

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