松本清張✕歴史上の人物の対談——相手は松下幸之助、池田大作、東久邇稔彦など11名! 貴重な「知の競演」の記録【書評】
公開日:2025/12/5

「昭和100年」となる今年は、ちょっとした昭和ブームが起きた年だった。実は今から57年前の1968年は「明治100年」に当たる年で、そのときも政府主導の「明治百年祭」が行われるなど、いろいろ「明治」が注目されたようだ。このほど刊行される『清張が聞く! 一九六八年の松本清張対談』(松本清張/文藝春秋)も、そんな時代の大いなる記録だ。
本書は1968年に1年間にわたって月刊『文藝春秋』で連載された「松本清張対談」をまとめた一冊で、政治、経済、歴史、文化、医学、宗教……各界の巨人の「本音」に作家の松本清張が切り込んでいくというもの。いわゆる「知の競演」なのだが、令和を生きる我々にとっては、清張はもちろん、対談のお相手がほぼ全員「歴史上の人物」感ありすぎで、とにかく迫力がすごい。
松本清張の対談相手、11名をご紹介
まずは登場する面々をご紹介しよう(「」は対談タイトル)。「○△□氏、他」と略するのも難しく、こうして列挙することこそこの本の本質を伝えるに違いない。
東久邇稔彦(東久邇宮初代当主/元内閣総理大臣)「やんちゃ皇族の戦争と平和」
池田大作(創価学会第三代会長)「戦争と貧困はなくせるか」
大森実(ジャーナリスト)「キューバ・佐世保・ベトナム」
美濃部亮吉(東京都知事・当時)「都政ただいま体質改善中」
大佛次郎(作家)「文学五十年、この孤独な歩み」
林武(洋画家)「夫婦喧嘩が傑作を生む」
橋本実斐(元貴族院議員/旧伯爵)「最後の元老西園寺公の素顔」
江上波夫(考古学者/東洋史学者)「騎馬民族が日本を征服した」
中山恒明(外科医/東京女子医科大学客員教授・当時)「医者に博士号はいらない」
桑原武夫(フランス文学者/評論家)「明治は日本のルネッサンス」
松下幸之助(松下電器産業会長・当時)「経営とは傘をさすことなり」
聞き手の松本清張は1909年の明治生まれで、ほぼ年長者である対談相手も当然明治生まれ(ただし池田大作氏は昭和、大森実氏は大正生まれ)。そのせいか全体を通じて印象的なのは、彼らが明治から戦後の昭和(この対談の現在地点)を「ひとつなぎの歴史感覚」で自然に捉えており、敗戦のインパクトをことさら強調することもなく淡々としていること。もちろん「明治100年」にちなんだ対談のため、より連続性を意識している面はあるかもしれないが、敗戦による価値観の転換からスタートしている戦後世代との感覚の違いは大きい。いわんや平成&令和世代をや(たとえば西園寺公望に育てられた橋本氏との対話で山縣有朋を「足軽の子」(松本)と表現したのにはびっくりした)。
さらに驚異的なのは、どんな相手にも臆することなく突っ込んでいく松本清張氏の守備範囲の広さと鋭さだろう。巻末解説で保阪正康氏も「この書での対談相手の発言はいずれも『戦後八十年』の今も生き生きとして、次代の者に訴える力を持つ。松本の質問が巧みであったからと思われる」と、その質問力を賞賛している。
それにしても、この本全体に漂う知性と品位と強靭さはなんだろう。ネットやAIの発達で高度な情報環境にいる私たちだが、どうしても超えられない圧倒的な知の壁を感じるのは私だけではあるまい。貴重な歴史の記録であるのは間違いないが、令和に生きる私たち自身の生き方にも大いなる刺激となるだろう一冊だ。
文=荒井理恵
