箱根駅伝にアフリカの留学生ランナーが出る理由。競技の公平性、人種差別の議論も?スポーツビジネスの光と影【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2025/12/18

アフリカから来たランナーたち
アフリカから来たランナーたち(泉秀一/文藝春秋)

 年の瀬を感じる日々の先に、年末年始の休暇と箱根駅伝の中継が結びついて連想される人は、きっと多くいることだろう。その中でレースをリードし、すさまじいスピードと輝きを見せつける留学生選手の姿に、注目したことはあるだろうか。

アフリカから来たランナーたち』(泉秀一/文藝春秋)は、日本の駅伝に出場するアフリカ系の留学生ランナーに焦点をあて、彼らを取り巻く社会構造や出場に至る経緯などを、さまざまな観点から解説した一冊だ。

 観点は大きく分けて二つある。一つは、駅伝業界から見たアフリカ系ランナーの存在意義である。彼らは極めて高い身体能力を持ち、所属するチームの勝利に貢献する可能性が高い。それに加えて大会自体の記録を更新したり、日本人選手たちのモチベーション向上のきっかけになったりと、さまざまな良い効果をもたらしてくれる頼もしい存在だ。

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 では、アフリカ系ランナー側から見て、日本駅伝に出場することはどのような意義を持つのか。これが二つ目の視点である。彼らにとって駅伝に出場すること、及び「走る」ために日本に渡ることは、貧しい家族を支える職業の一種として捉えられている。彼らを日本に招く学校や実業団体は、長期的な経済的支援をするケースが多い。なぜなら、駅伝で良い成績を収めることは、チームを擁する団体にとって宣伝効果が高いからだ。アフリカ系ランナーの存在は、もはや駅伝には必要不可欠と言っても過言ではない。

 一方で、彼らはチームの“助っ人”という印象がいまだ根強い。ほとんどのメディアでは、日本人選手が主役で、アフリカ系ランナーはチーム強化のために投入される“切り札”として扱われる。そのため、個々人が注目されることはほとんどない。その点に言及したうえで、本書は彼らの生い立ちや走る理由、彼らを取り巻くシステムや、影響力の高さについて、細かに分析している。本書のスポットライトのおかげで、アフリカ系ランナーたちへの印象はがらりと変わるだろう。

 また、アフリカ系ランナーと駅伝との関係から生まれる影響は、決していいことばかりでもない。彼らの身体能力の高さは、レースの展開を大きく左右する。それが競技の公平性についての議論や、世間からの反発につながっているのも事実だ。これまで彼らは日本人選手と対比して“必要悪”のように扱われることや、人種差別の標的になることも多々あった。

 彼らは速く走ることを職業としており、結果を出さなければならないプレッシャーを背負っている。ドーピングに手を染める選手の増加は、ランナービジネスの闇とも考えられる。本書はこうした影の一面についてもしっかり触れているところが魅力だ。選手の活躍だけでなく、その結果生まれているひずみや、彼らが負う宿命についても理解しやすい。

 アフリカ系ランナーと駅伝業界の間にある関係性、そこから生まれる影響の光と影。これらを知ったうえで見る、次回の箱根駅伝が楽しみである。構造的な問題を解決するには時間がかかるだろうが、彼らを応援する視聴者の目は今からでも変えられる。一人ひとりの選手に注目し、彼らの走りを応援したい。駅伝が好きな方、スポーツビジネスに興味がある方は、年末休暇に読む一冊として本書を手に取っていただきたい。

文=宿木雪樹

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