【黒猫ミステリー賞受賞作】トラウマで身体の成長が止まった少女。因縁の事件に立ち向かう衝撃の青春ミステリー【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/12/19

時計は二度凍らない
時計は二度凍らない(魚崎依知子/産業編集センター)

 大切な人を喪った時、人の時計はたやすく止まる。「どうして」という思いが身体中に充満し、足がすくむ。そんな時、どうすれば再び時計の針を動かすことができるだろうか。時計のゼンマイを動かすのは、人の支え。震えながらも踏み出した一歩がきっかけになるのかもしれない。

 『時計は二度凍らない』(魚崎依知子/産業編集センター)を読みながら、ふとそんなことを思った。第3回黒猫ミステリー賞を受賞したこの作品で描かれるのは、過去の事件のトラウマで、身体の成長が止まってしまった女子高生。ミステリーとしてハラハラドキドキさせられるのはもちろんのこと、少女の成長譚としても惹きつけられる1冊だ。

 身長144センチ、体重30キロ。親友が殺された4年前の事件のトラウマで、小学6年生からほぼ身長も体重も増えていない志緒は、高校生になって1週間が経ったある日、クラスメイトの飛び降り自殺を目撃してしまう。不登校の時期が長く保健室登校をしていた彼女の死を警察は「挫折によるもの」と結論づけたが、同じような境遇の志緒はどうにも納得できず、独自にその死の真相を追おうとする。そんな時、4年前に亡くなった親友の妹が拉致されるという事件までもが発生。現場に残された痕跡からすると、犯人は4年前の事件と同じ、逃走中の少年らしい。志緒は居ても立っても居られず、この事件についても調べようとするのだが……。

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 “変人”扱いされている他のクラスの堅物な男子・位坂と、1つ上の先輩で中学時代は適応教室に通っていたという万里。真相を追うなかで知り合ったふたりとともに志緒は調べを進めていくが、調べれば調べるほど、過去の事件と現在の事件は交錯していく。真実をひたすら追い求める志緒は何と危なっかしいことか。だが、志緒の真っ直ぐさに、彼女のことを応援せずにはいられなくなる。

 それに、この物語の登場人物たちはみんな謎に満ちている。誰もが何かを抱えているから、続きが気になってたまらない。位坂や万里にもそれぞれの悩みがあるし、大人たちも胸の内に何かを隠している様子。疑いたくはないが、一度疑問を感じると誰もが何らかの形で事件に関わったのではないかと思えてしまう。志緒の母親や、その交際相手で教員の芳岡。保健室教諭の坂尾。小児科医師のトーマスこと戸増。特に志緒の初恋の相手でもあるトーマスは、志緒の大きな支えではあるが、何だか不気味。46歳なのにそうは見えないほど若々しく美しい彼の趣味は“子どもの見守り”。「不審者は見つけ次第殺す」「子どもを巻き込んだ事件の加害者は一律死刑にすべき」という危険思想に恐れ慄いてしまうが、志緒に対する視線は温かい。「僕達は、死者のために生きてはいけないんだ」――そんな言葉を志緒に送るトーマスの胸の内には何があるのか。一体彼は何を隠しているのだろうか。

 クライマックスに向けた畳みかけは鮮烈で、次第に明らかになっていく衝撃の事実に度肝を抜かれた。真相に触れた瞬間、ゾクゾクと背筋が凍る。けれども、この本の読後感は不思議と清々しい。これはミステリーであると同時に、傷を抱えた者たちが前を向くための物語。いま立ち止まっている人の時計もそっと動き出すのではないか――そうまで思わせてくれる力強さのある1冊だ。

文=アサトーミナミ

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