「外は危ないから出ないで」とふとんが話しかけてきた!? 12の“ぬくぬくとぞくぞく”を収録したSF奇想短篇集『おふとんの外は危険』【書評】

文芸・カルチャー

PR 更新日:2025/12/24

おふとんの外は危険
おふとんの外は危険(キム・イファン・著 関谷敦子・訳/竹書房文庫)

 ギリシャの作家による『ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス』やイスラエル作家によるSF短篇集『シオンズ・フィクション』など、近年良質なSFアンソロジーで読者を惹きつけている竹書房文庫からまた素晴らしいSF作品が刊行された。韓国の作家キム・イファンによる奇想短篇集『おふとんの外は危険』(関谷敦子・訳/竹書房文庫)である。

 著者のキム・イファン氏は本国では数多くの作品を発表している実力派で、本書収録の『君の変身』はフランスでも出版されており、韓国で人気作品となったサバイバルホラー小説『絶望の玉』は日本で双葉社からコミカライズされるなどその作風は幅広い。そんな著者の豊かなイマジネーションを短篇を通して一冊でまるごと楽しめてしまうのが本書である。

“朝、目が覚めたとき、冬用ふとんがしゃべった。”とはじまる表題作『おふとんの外は危険』は、主人公スミンの自宅のふとんや鏡、椅子たちが彼女に語りかけ世話を焼くという不条理ショートショート。摩訶不思議な物語ながらその読後感は爽やかで心地よい。

『Siriとの火曜日』は、アップルの音声認識アシスタントSiriがAIとして新たに人型ロボットとして発展した未来を舞台に、Siriのベータテストとしてモニターに選ばれたハジュンとSiriとのやり取りが描かれる。人型ロボットのSiriはハジュンの行動を推測し昼食を食べていないことまで当ててしまう。もちろんSiriはハジュンのフェイスブックの投稿を参照しているわけだが、SNSなどのアカウントへの投稿から好きな音楽や映画、よく利用するピザ屋まで、“ユーザー”の嗜好や行動を推測し的確にニーズに応えていくさまは、現在のアプリなどのパーソナライズ化やwebサイトでのターゲティング広告を擬人化したものと捉えることができ、その様子はグロテスクにも映る。そんなSiriの推測は、徐々にハジュンが隠したい秘密までも見通していくことになり……。というミステリな味つけもあるSF作品となっている。

 本書のなかでも『#超人は今』はひと際唸らせる一篇。テロリストから人質たちを救い、地下鉄駅での火災事故で多くの人命を助けたのは“超人”と呼ばれる謎の人物。超人は空を超音速で飛行し、発する声は“神のような声”だという。なぜかソウル行政区内だけに出現するなどその行動は謎に包まれているが、主人公の“僕”は、超人に救われた人々へのインタビューを重ね、超人の正体をさぐりながら、SNSで「#超人は今」というハッシュタグで超人の目撃情報を記録し追跡しようと試みている。アメコミヒーローとは一線を画す“超人”の特異な描写と超越した存在である“超人”への畏怖の眼差し、そして超人の存在に社会がどのように関わっていくのかまでを描いた本作は、短篇では物足りないほど奥行きのある物語となっている。実は本作はもともと長篇として企画されたもので、実際に長篇小説として本国韓国で刊行されているという。ぜひとも長篇も読んでみたいと思わせるほど強い印象を残す短篇作品である。

 そんな『#超人は今』のような硬質な物語もあれば、魔術師たちと物書きが面白い話を聞かせると美味しいスパゲティが出来上がる鍋を囲み繰り広げる会話劇『スパゲティ小説』、マクドナルドで科学者と店長が宇宙の終焉について語り合う『万物の理論』、そして目には見えない透明なネコが現れて身の回りの世話をしてくれる『透明ネコは最高だった』といった穏やかで暖かな物語など、本書には全12篇もの硬軟織り交ぜた短篇が収録され、そのどれもがテンポよく読み進むことができて読者を飽きさせない。

 著者の確かな筆力とイマジネーションを自在に操るストーリーテリングを堪能できるという意味でも『おふとんの外は危険』は楽しい読書体験を約束できる一冊であった。

文=すずきたけし

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