読者が読む順番で登場人物の生死が決まる! 小説史上例を見ないギミックの魅力を語り尽くす『I』刊行記念【道尾秀介×影山優佳対談】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/1/24

■自身に課した「『N』の衝撃を超えなければいけない」というハードル

――読む順番は自由、その選択によって結末が大きく変わる、そしていったん読み始めたら後戻りはできないという『I』。本作を執筆する起点についてお聞かせください。

道尾 やはり『N』の存在があったからですね。『N』は6章をどの順番で読んでもいい。つまり720通りの読み方があり、それぞれ見える世界がガラリと変わるというのがコンセプトでした。本作は同じようにタイトルをアルファベット一文字にしつつ、まったく別のことをやりたかったんです。ファーストサプライズのインパクトはとても強いので、『N』より上のことをやらなければいけない。物語にとって、これ以上ない仕掛けとは何か……それを考えつめたところ、「物語の結末がまったく変わってしまうこと」ではないかという結論に至ったんです。印刷されている文字は一文字も変わらないのに。

影山 傑作『N』のインパクトを超えようとされるのって、精神的な強さも必要ですよね。道尾先生のその強さがこの一冊に宿っていることを感じます。そして読者への信頼も。「あなたの選択が人の生死を決定する」という仕掛けは、読者への挑戦状であると同時に、読者を信頼しているというメッセージでもあるように感じました。

道尾 そう仰って頂けると本当にありがたいですね。体験型ミステリーを書いているときってアスリートに近い感覚なんです。「前より遅いタイムは絶対に出せない」と。そう考えてしまうのは、自分自身がリアル脱出ゲーム好きであることが大きいのかも。様々なリアル脱出ゲームのイベントに行ったり、オンラインで世界中のものを取り寄せたりして、体験型の感動を味わってきました。そうしているうちに、「あぁ、だから小説って売れなくなってきたんだ」ということがまざまざと分かってきたんです。ではどうすればいいのか。答えは簡単で、それ以上の小説を作ればいい。そこで、見たことも聞いたこともないものを作っていこうと考えたのが『N』であり『I』なんです。

■まったく別の人生を体験できる小説の悦び

――影山さんはご自身でも謎解きを考案されているそうですね。

影山 謎解きを作るときって、どこからでも始められるんです。小さい謎、中くらいの謎、大きな謎――発想はどこからでも始められるのですが、すべての謎が並行しつつ成立しないといけない。逆算して作っていかないと、小さなズレが大誤差になってしまうんです。

道尾 小説も同じで、核となる部分さえあれば、どこからでも書けます。頭の中でストーリーを作るとき、真ん中あたりが浮かんでくることもある。ただ、影山さんが仰った謎解きの作り方のように、全体が繋がっていかなければいけない。プラナリアのような単純なつくりならどこを切っても一匹に戻るけれど、60兆の細胞を持った人間という生き物が動くので、やることは多いですね。影山さんは物語を創作されたことありますか? すごく向いているように感じるけど。

影山 光栄です。実は今勉強中なのですが、夢はミュージカルの戯曲を書くことなんです。

道尾 それは楽しみ。面白いですよ、物語を作るの。『I』も主人公のひとりは女子高生ですが、僕は生まれてこのかた女子高生だったことはない(笑)。でも女子高生を主人公とした物語を作ることで、まったく別の人生をゼロからやり直している気がするんです。

影山 書く人にとっても読む人にとっても、それが物語の良さですよね。実人生をやり直さずとも、別の人生を体験できる。そこが魅力であり、その体験自体が生きる理由になることもあると思います。誰かのそうした生きる動機になる物語を書けたら、と夢想しています。先生にこんなことを言うのは恥ずかしいのですが。そういえば道尾先生がミステリーを書こうと思われたのは何がきっかけだったんですか?

道尾 僕は自分がミステリーを書いているという意識があまりないんです。そもそもジャンルという概念があまり頭になくて。たとえば本が好きな人の本棚で、ミステリーしか並んでないとか、純文学しか並んでないとかっていうことはあまりないと思うんです。だいたいいろんなジャンルの本が混ざっていますよね。僕が作りたいのは、そんな本棚全体を一冊にしたような小説なんです。それで、主人公の心情や物語のテーマを的確に読者に伝えられる手段を考えていった結果として、ミステリーと呼ばれる作品ができているのかなと思います。たとえるなら、抜き身の刀を下げて相手に近づいたら警戒されるだけだけど、刀を隠して懐まで入り込み、一瞬で抜刀して斬りつければ確実に致命傷を負わせられる。それを小説で実行したら、ミステリーになったんです。つまり手段としてミステリーを使っている、ということなのかなと。

影山 道尾先生の小説には様々な感情の表現があって、それらが作中のギミックや動機になってくることもあるのが印象的です。読んでいると、嫉妬や後悔などいろいろな感情の「色」が見えてくる。私はそこに先生の視点が乗りうつっているように感じて、いったいどのようなまなざしで日々過ごされていらっしゃるのだろうかと気になってしまいます。

道尾 画家でも小説家でも、海が描きたければ海に入っていくし木が描きたかったら森に入っていく。僕は人が描きたいので、人の中に入っていくんです。いろんな人といろんな経験をしたり話をしたり――小説を読んでいる暇があったら人と会いたい。そのほうが創作の糧になる。想像ではけっして出会えない、目撃しなければ分からない場面や経験がある。それを大事にしたくて。

影山 『I』の海辺でバーベキューをするシーンが今のお言葉と繋がりました。他の人はしないけどその人物にとっては当たり前の動作や言葉選びが表現されていますよね。

――影山さんが仰ったように本作は「色」が見えてくる作品ですね。執筆するうえで「色」は意識されていますか?

道尾 小説を書いているときは日本画を描いているイメージなんです。特に水墨画。使っているのは黒一色なのに、どんな写真も敵わないような真っ白な花を描くこともできる。墨を摺って、筆につけて、紙に塗る。そんなシンプルな行為なのに、自然界にも存在しない美しい風景を描くこともできる。あの技法が昔から好きで、小説を書きながら、いつもそういうことをしたいと思っています。

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