これは“罪にまつわる短編集”…? 怖くて奇妙な、現代の寓話。チョン・ボラ『呪いのウサギ』はホラーファン必読の一冊だ【書評】
PR 公開日:2026/1/16

韓国の現代作家、チョン・ボラの短編集『呪いのウサギ』(関谷敦子:訳/竹書房文庫)が翻訳された。2022年に国際ブッカー賞の最終候補に、23年には全米図書賞翻訳部門の最終候補に選ばれたという話題作である。かわいらしいウサギの“呪物”を扱った表題作をはじめ、10編の収録作には幽霊・復讐・残酷・血・汚物などのモチーフが描かれており、ホラーやSF、幻想小説が好きな人には見逃せない一冊になっている。
冒頭の3、4編を読み終えて、「これは罪にまつわる短編集だ」と感じた。たとえば巻頭に置かれた表題作「呪いのウサギ」は、代々呪いの道具を作ることを生業にしている家の老人が、孫に向かって過去の行いを告白するという物語である。老人が若い頃、酒造業を営んでいた親友はライバル会社によって商売を妨害され、失意のうちに世を去った。その無念を晴らすため、老人が作り上げたのが美しいウサギ型のランプ。ライバル会社の社長室に置かれたランプは、すぐさま呪いのパワーを発動し、会社と社長一家に次々と災厄をもたらしていく。手当たり次第に何でもかじってしまうウサギは、資本家の強欲さという罪を象徴したものだろう。一方で呪いをかけた老人も、一生消えない罪を背負うことになる。
続く「頭」はかなり衝撃的な内容だ。主人公の女性はある日、トイレの中から「お母さん」と呼びかけられる。見るとそこには粘土をこねたような頭が。彼女の抜け毛や排泄物、お尻を拭いた紙などから生まれたその生き物は、たびたびトイレに出現するようになり、主人公を悩ませるのだ。
3話目の「冷たい指」は語りのテクニックが際立っているホラーで、記憶をなくした主人公が交通事故現場から助けてくれた誰かに導かれ、闇夜を歩き続ける。そのうちに封印された過去が少しずつ浮かび上がってきて……。不穏で幻想的な短編である。
このようにチョン・ボラの小説は、隠されていた罪が暴かれ、現代に復讐するという形を取るものが多い。といっても「頭」の主人公の罪は、トイレに汚物を流しただけだし(これは誰でも日常的にやっていることだ)、4話目の「月のもの」の主人公は避妊薬を飲み続けた副作用によって性行為なしで妊娠し、夫がいないことを世間から責められる。社会が生み出すさまざまな罪の意識に注目し、そこから奇想天外な物語を紡ぎ出すのがチョン・ボラという作家なのである。
結果として見えざる抑圧や搾取を暴くことになるチョン・ボラ作品は、ある意味では極めて現代的だ。「呪いのウサギ」はグローバル資本主義への、「月のもの」は家父長制への抵抗と読むことができるし、パートナー・ロボットとの共同生活を描いた近未来SF「さようなら、愛しい人」も力の不均衡をテーマとしている。ビルを一棟購入した若い夫婦が、次々と困難に見舞われる「楽しい我が家」にも、お金か人生か、というテーマを見出すことができるだろう。本書が言葉や文化の壁を越えて評価された理由のひとつは、こうした現代性にある。
しかし同時に本書は時代性にとらわれない、より普遍的な人間のあり方を描いているともいえる。罠にかかったキツネから溢れ出る黄金が主人公一家に富と破滅をもたらす、すさまじい因果応報の物語「罠」。巨大な鳥の生贄として洞窟に閉じ込められた少年の冒険と成長を描く「傷痕」。盲目の王子にかけられた呪いを解くため、姫が空に浮かぶ船を目指す「風と砂の支配者」。ファンタジー的な舞台で描かれるこれらの物語は、本書に寓話のような味わいをつけ加えている。考えてみると「呪いのウサギ」にしても「頭」にしても、現代の寓話と読むことができるのだ。
物語やテーマだけでなく、各話にちりばめられたディテールも魅力的である。生きているように白く光るウサギのランプをはじめとして、トイレから現れた生き物、黄金を分泌するキツネ、鳥によってつけられた三角形の傷跡など、視覚的な描写が収録作をいっそう忘れがたいものにしている。
個人的な好みでベストを選ぶなら、巻末に収められた「再会」だろうか。ポーランドに滞在する主人公は、広場をゆっくりと、足を引きずって歩く老人の姿を見かける。どうやら彼は生きた人間ではないらしい。現在と過去、生と死の境目が曖昧になっていくような物語の中を、さまよい続ける孤独な魂。作者はあとがきにおいて「世界は寂しさに満ちていて、すべての存在は孤独だ」と述べているが、その言葉の意味がよく伝わってくるような、異様でもの悲しいゴーストストーリーだ。
近年、日本でも韓国文学がブームになっている。ホラーやSF、幻想文学の紹介も少しずつ進んでいるが、まだまだ未知の領域が広がっているというのが正直なところだろう。そんな中、英語圏でも評価の高い短編集が翻訳されたのは喜ばしい。不穏で奇妙で怖ろしく、そしてしみじみと寂しいチョン・ボラ文学の世界を、この機会にぜひ味わってみてほしい。
文=朝宮運河
