『シークレット・オブ・シークレッツ』の秘密に迫るプラハ旅――監禁された翻訳者のその後

文芸・カルチャー

公開日:2026/1/30

『シークレット・オブ・シークレッツ』
『シークレット・オブ・シークレッツ』(ダン・ブラウン (著), 越前 敏弥 (翻訳) / KADOKAWA)

『ダ・ヴィンチ・コード』で知られるダン・ブラウン、9年ぶりの新作『シークレット・オブ・シークレッツ』。日本語版ダン・ブラウン作品として史上最速での刊行となった裏には、前代未聞の制作環境で仕事に挑んだ翻訳者たちがいた。その過程を克明に記した「監禁された翻訳者の手記」は業界内外から大きな注目を集めたが、実は翻訳者は解放後、プラハに飛んでいた。新作の舞台を巡り、『シークレット・オブ・シークレッツ』の秘密に迫るためだ。本稿ではその日記の一部を紹介する。

プロローグ

〈ダ・ヴィンチ Web〉と〈カドブン〉に掲載された「監禁された翻訳者の手記」はもう読んでくださっただろうか? 4月中旬から7月上旬にかけて、『シークレット・オブ・シークレッツ』(ダン・ブラウン著、KADOKAWA)の翻訳チームが壮絶な環境のもとで作業を進めてきた過程を克明に書き綴った記録である。まだ読んでいないかたは、翻訳者の仕事の一端を、いや百端ぐらいを垣間見ることができるので、ぜひご一読を。

 さて、その手記の最後の最後に、わたしはこんなことを書いた。

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 プロモーションの手立ても少しずつ決まり、越前もそれに向けていくつか原稿やメッセージを書いていたところ、9月半ばに驚きのニュースが飛びこんできた。監禁が決まったときに負けないぐらいの衝撃だ。ええっ、ほんとうにそんなことが? もしそれが実現したら、長期の監禁によって押しとどめていたエネルギーを一気に放出できるかもしれない。そして、ひょっとして、この手記の第2部を書くことになるのか? 第1部「監禁編」、第2部「解放編」とか。

 それはそうと、驚きのニュースとは、「翻訳者をプラハへご招待」のお知らせだった!

 そんなわけで、手記の続編もしくは第2部として、さっそく「解放された翻訳者のプラハ旅行記」を公開しよう。

◎9月11日(木)

 KADOKAWA編集部の『シークレット・オブ・シークレッツ』(以下、SOSと呼ぶ)担当者のひとり、伊集院元郁さんから驚きのメールが届いた。内容を要約すると、以下のとおり。

・SOSの舞台がプラハなので、チェコ政府観光局が本書に大変興味を持っていて、プラハ市でSOSの舞台を巡る観光パッケージを作ろうと考えている。ついては、日本のダン・ブラウン読者に影響力のある方を現地にお招きし、シリーズ読者や愛書家に向けた発信をお願いしたい(文章、写真、動画など、発信手段は要相談)とのこと。
・編集部としては、翻訳者である越前敏弥さんをいちばんの適役として先方に提案したいと思っている。
・あくまで候補だが、渡航時期として先方から11月10日から15日ごろはどうかと提案してきている(日本版発売日が11月6日なので、その直後だとKADOKAWAとしても大歓迎)。
・プラハ市内の滞在は2、3日程度。
・写真や動画での発信をする場合、編集部から1、2名の同行者は必要かと考えているので、今後交渉する。

 どわっ。

 実はダン・ブラウン作品の舞台めぐりで海外へ行かないかと打診されたのははじめてではなく、『ダ・ヴィンチ・コード』のときにも話があったのだが、そのときは旅行社の主催で、なんとなく立ち消えになっていた。

 だが、今回はチェコ政府観光局だと?

 うれしいご招待なのはもちろんだが、まだ半信半疑だった。前のときのように話が流れることだってある。この商売、そんなに甘くない。「映画化決定!」とか言われてウキウキしていても、ほんとうに映画化されるのはそのうちの10分の1ぐらいだし。

 そして、メールにもあるとおり、さまざまな発信をするなら自分ひとりではむずかしく、手伝ってくれる人が少なくともひとり必要だ。自撮りなんてやったことがないし、顔がちょん切れたり鼻の穴がどアップになったりするのが目に見えている。

 11月の前半は朝日カルチャーの翻訳講座をはじめとして、いくつかはずせない予定がはいっていて、先方の希望する期間の渡航は不可能だ。プラハの滞在期間が2、3日なら、旅行期間は全部で4、5日だろう。23日には文学フリマ東京に出店することになっているから、その前々日の21日には帰国していたい。

 そんなわけで、16日から21日までなら渡航できる旨を伝えた。

 それにしても、なんだか夢みたいな話だ。そう言えば、ラングドン・シリーズには夢から目が覚めてがっかりするシーンがけっこうある。ただの夢で終わってしまわなければいいが……

◎9月18日(木)

 伊集院さんからメール。先方はこちらの希望の日程でOKとのこと。ただ、編集部からの同行が可能かどうかについては、プラハでどんな発信ができそうかを見きわめてから判断したいという。もう少し具体的な話をするため、22日にオンラインミーティングをすることになった。

◎9月20日(土)

 SOSの本文を読んだり、すでに発売された英語版に関するネット記事を見たりして、まわるとよさそうな場所の候補を選び出す。

 カレル橋、旧市街広場の天文時計、プラハ城、ペトシーン・タワー、クレメンティヌムははずせないだろう。

 フォリマンカ公園と十字架砦も重要な場所だが、たぶん観光スポットではないから、どんなものか。
 鍾乳石の壁はぜひ見てみたい。できればブラック・エンジェルズ・バーも。

 あとは、ゴーレムにまつわる何か。ゴーレムのぬいぐるみを持って撮ってもいいし、なんなら着ぐるみを着たってかまわない。

◎9月22日(月)

 KADOKAWAの伊集院さん、SOS担当編集者の松原まりさんとオンラインミーティング。
 やはり、発信のためには同行者1名は欠かせないという結論。

 発信は、越前のSNSを総動員して画像つきでつぎつぎポストをし、KADOKAWAとチェコ共和国のアカウントで拡散していく形が原則。動画も撮り、後日編集してなんらかの形で公開することになるだろう。

◎9月25日(木)

 ちょっと話はそれるけど、この日にBSテレ東「あの本、読みました?」の収録(放送されたのはSOS発売日の11月6日)。

 鈴木保奈美さんも池上彰さんも、ほんとうに隅々までSOSを読みこんでくださっていて、ただただ感謝(この時点では発売前なので、表紙のない仮綴じ版をお渡ししてありました)。

◎10月2日(木)

 SOSをもう一度読みなおし、訪れたい場所のくわしいリストを作っていく。
 個人的に最も見たいのは、作中では少し言及されるだけのセドレツ納骨堂だが、ここはプラハから70キロぐらい離れているし、時間的に無理だろうな、と思いながらも、いちおうリストに入れる(こわいのが好きな人は画像検索してみてください)。

 今月、東京と大阪でチェコフェスティバルが開催されることを知り、両方行く計画を立てる。好都合にも、大阪では朝日カルチャー中之島教室の講座がある時期に開催されるので、そちらへも出向けそうだ。

◎10月3日(金)

 チェコ政府観光局から連絡があり、越前以外にも同行1名OKとのこと。これでひと安心。
 ところが、本国の事情で11月はむずかしいので、12月はどうかとも打診あり。う~ん、空いていないこともないけど、SOSのプロモーションを考えたら11月のほうがいいし、それになんと言っても12月のプラハはめちゃくちゃ寒いんじゃないか? 寒いのは苦手。だが、とりあえず、変更可と返事をする。

 もうひとつ、12日に東京のチェコフェスティバルで登壇してくれないか、と打診あり。日本の観光局局長と30分程度、ステージで話してもらいたい、と。こちらはもちろんOK。

◎10月12日(日)

 二子玉川の駅近くでおこなわれたチェコフェスティバル2025 in 東京へ。
 会場はものすごい人だかりで、こんなににぎわうイベントなのかとびっくり。ビールとか、ボヘミアングラスの店とか、すごい人気です。

 政府観光局のブースの一角でSOSを宣伝してもらっているのがありがたい(実はこの時点でできていたのは表紙だけなので、この見本の中身は白紙です。だましてすみません)。

 17時ごろから、KADOKAWAの伊集院さん、『天使と悪魔』のころから懇意の菅原哲也さん(監禁日記の終盤で濡れ煎餅を食べた犯人)と、チェコ政府観光局のシュテパーン・パヴリーク局長、担当の麻生理子さんといっしょに、今後のことやこのあとのトークの内容について打ち合わせ。

 局長は日本語はまだ勉強中とのことで、やりとりは英語で、ときどき麻生さんが通訳してくれる。局長はとにかくよくしゃべる陽気な人だ。はっぴが妙に似合っている。こういう楽しい人が観光局のトップなら、旅行客が増えそうな気がする。

 日程は結局、11月中旬で問題ないということになった。ほっとする。

 その他、滞在中に見てまわりたいところの希望を伝えたところ、何日目にどういう順序でまわればいいかなど、プラハ市のほうで考えてアレンジしてくれるという。

 こちらはなるべくラングドンの行動をなぞりたいので、あたって砕けろとばかり、「フォーシーズンズ・ホテルのロイヤルスイートに泊まれるのか」と尋ねてみたが、局長はワッハッハと何度も大笑いしただけで、うまくかわされてしまった。まあ、無理だわな。

 その後、局長とふたりでステージに立ち、SOSの内容についてネタバレにならない程度に話しながら、プラハのおすすめスポットなどをいろいろ紹介してもらう。

 どんな食べ物や飲み物に期待しているかと局長が尋ねたので、満を持して「コフォラ!」と答えた。コフォラというのはSOSの72章に登場するコーラに似た飲み物で、翻訳チームの一同が作業中からずっと飲みたがっていた。局長によると、「アメリカのコーラよりはるかにうまい!」んだそうだが、どんなものだろうか。

 イベント終了後、フェスティバルの会場で、軽くビールで乾杯。といっても、1杯がやたらとでかい。
 そのあと、菅原さん、伊集院さんと3人で近くのパブへ行き、軽く打ちあげ。世界各国のビールがある店で、菅原さんがガンガン飲んでいる。菅原さん、ほんとうは自分自身でビール大国チェコへ行きたいだろうなあ。

◎10月13日(月)

 前日の午後ぐらいから、SOSの Amazon での予約順位が一気に跳ねあがっている。きのうのチェコフェスティバルの効果としか思えない。麻生さんからのメールにも、装幀見本に関心を示してくれた人が大勢いたと書いてあったので、まちがいない。

 チェコフェスティバル東京には、2日間で約1万人の入場者が訪れたらしい。
 いよいよ、プラハ旅行が楽しみになってきた。

◎10月23日(木)

 畏れ多くも、広尾のチェコ共和国大使館にて開催されるチェコ共和国のナショナルデー(チェコスロヴァキア独立記念日)のパーティーに招待していただいたのだが、この日は講座があって、残念ながら辞退した。伊集院さんと菅原さんが出席したらしい。

◎10月26日(日)

 堺でおこなわれたチェコフェスティバル2025 in 関西に参加。
 わたしは幼少期からずっと南海ホークスのファンだったのだが、南海電車に乗ったのはこれがはじめてだ。どうでもいい話ですみません。

 大阪は期間が3日間と長くて、会場も東京よりかなり広く、ブースの数も多い。堺市と提携する形でかなり前からおこなってきたので、近隣の人たちも毎年の行事として楽しみにしているらしい。

 会場で観光局長と麻生さんに再会。
 麻生さんにメールで事前連絡したとき、その到着時間だとライオンのアテンドでブースを離れているかもしれないとのことだった。ライオンのアテンドってなんだ? 実際に行ってみると、チェコ観光局マスコットのレフ丸の着ぐるみが歩いていて、たしかにその横に麻生さんがいた。お疲れさまです。ちなみにレフ丸は写真左で、右は麻生さんではなく、堺市のゆるキャラ、ハニワ部長だ。

 16時から、これまでに何度かイベントでごいっしょしたことがある阿部賢一さん(東京大学教授、中東欧文学・比較文学)の講演がステージであるので、その1時間前に阿部さんと待ち合わせをし、少しお話をうかがった。

 阿部さんは、チェコ文学の普及に寄与した研究者、翻訳者に贈られるPremia Bohemica 賞を受賞し(外国人でこれを受賞した例はほとんどないらしい。すごすぎる!)、その授賞式や記念講演のために直前までチェコに滞在なさっていて、そこから直接大阪へ帰っていらっしゃった。そんなお疲れのさなかに話を聞かせてくださって、申しわけないかぎりだった。

 その後、阿部さんの講演がはじまったが、何年も前から大阪のチェコフェスティバルにかかわっていらっしゃるので、開始時の司会のチェコ人男女とのやりとり(もちろん日本語)はまるで漫才で(失礼!)、息もぴったりだった。阿部賢一さんの漫才を聞きたい人は、来年以降の大阪チェコフェスティバルに参加しましょう。

 阿部さんの講演は現代チェコの女性作家についてのもので、ビアンカ・ベロヴァー、アンナ・ツィマ、カテジナ・トゥチコヴァーといった作家の作品が、クイズを交えてわかりやすく紹介された。勉強になりました。アンナ・ツィマについては、その後わたしがプラハへ行ったときに興味深い話をひとつ聞くことになるんですよ。

 クイズでおもしろかったのは、「チェコ語で "ニェメッツ" はドイツ人を意味しますが、その本来の意味は?」というもの。選択肢は(1)ビールが好きな人、(2)踊りが上手な人、(3)おしゃべりしない人。正解はどれでしょう? 答は(3)。ということは、逆にチェコ人はおしゃべりだというわけで、阿部さんの知り合いにもそういう人が多いという。観光局長のことを思い出して、笑ってしまった。

 阿部さんは講演の最後にSOSの紹介もしてくださった。プラハの空港では、ふつうのお土産物屋さんの店頭に、チェコ語版が何百冊も積まれていたそうだ。

 ますますプラハ行きが楽しみになるイベントだった。阿部さん、観光局のみなさん、ありがとうございました。

◎10月30日(木)

 渡航日程がなかなか確定しないが、とりあえずパスポートの写しなどを送る。
 編集部からは松原さんが同行することに決まる。SOSの直接の担当編集者なので、わたしと同じぐらい作品内容を熟知しているから心強い。

◎11月6日(木)

 SOS日本版、ついに発売。
 わたしはこの日、神保町の PASSAGE で一日店長をつとめ、SOSの販売にいそしむ。ありがたいことに、この日だけで上下34セットが売れた。来てくださったみなさんに感謝!

 正午には、〈ダ・ヴィンチ Web〉と〈カドブン〉で「監禁された翻訳者の手記」が公開。予想どおりの大反響。まだ読んでいない人は読んでね。

 そして22時から、BSテレ東「あの本、読みました?」が放送。ダイジェスト版はここで観られます。
 とにかく、記念すべきすばらしい一日となった。

◎11月7日(金)

 夜に日本橋のブルヴァール・トーキョー(BULVÁR TOKYO)で、SOS翻訳チームの打ちあげ。監禁された翻訳者6人(青木創、岡本麻左子、久野郁子、茂木靖枝、廣瀬麻微、越前敏弥)と編集者3人(菅原哲也、伊集院元郁、松原まり)が勢ぞろいし、武内由佳局長(かつてダン・ブラウンの5作品の担当編集者だった)も参加してくれる。映画〈9人の翻訳家〉のように死者を出さず、無事出版に至ったことに乾杯。あらためて、お疲れさまでした。

 チェコ料理専門のレストランということもあって、ビールのつぎ方を3種類から選べるという。後日、実際にプラハへ行ってからも、この3種類を選べると表示されている店はあったし、表示されていないとしても、頼めば希望どおりにしてくれる店が多いとのことだった(何も言わなければ、上のハラディンカでつがれる)。

 自分自身は翌朝に講座があったりでビール1杯だけに抑えたが、みんなは監禁生活の鬱憤を晴らすかのように鯨飲していた。

◎11月11日(火)

 渡航便がようやく確定する。行きも帰りも成田からポーランド航空(LOT)の飛行機で、ワルシャワで乗り換えることになる。
 出発は17日(月)の夜で、帰国が21日(金)の夜。
 乗り継ぎ時間も合わせると、行きは18時間、帰りは16時間で、なかなかハードだ。
 とはいえ、麻生さんによると、この便だと乗り換え時間が短めだという。

 いろいろ一気に準備しなくてはならなくなるが、WiFi機器、モバイルバッテリー、コンセント変換アダプター、海外旅行保険などを、すべてこの日のうちにKADOKAWAで手配してくれる。ありがたい、ありがたい。松原さんはフランクフルトのブックフェアなどでよくヨーロッパへ行っているので、安心してまかせられる。

 夕方には、プラハの担当者フイエンさんも交えて、関係者全員のオンラインミーティング。
 プラハでの大ざっぱな行程も決めてくれ、どういうルートでまわるかも教わる。
 プラハで過ごすのは正味2日半。3日目の夕方に帰路に就くことになる。
 まわりたいと希望を出した場所のうち、見送らざるをえなかったところとその理由は以下のとおり。

・ケーブルカー(53章)は工事中で運転していない。
・ギガス写本(悪魔の聖書、55章、57章など)は本来スウェーデンにあるもので、いまプラハにはない。
・鍾乳石の壁とヴァルトシュテイン庭園(125章など)は、冬のあいだは閉鎖。
・セドレツ納骨堂(55章)は内部撮影禁止で、プラハから遠いので時間的にも無理。
・旧ユダヤ人墓地(71章)では、ふつうにまわるだけ(ゴーレムの着ぐるみを着たりはできない。ちょっと残念)。

 ほかはすべて希望が通り、盛りだくさんの楽しい旅になりそうだ。
 いちばん楽しみなのは、フォリマンカ公園の R2-D2(101章)と、やっぱりコフォラかな。

◎11月14日(金)

 3日間のプラハ滞在中、チェコ語・英語・日本語の3か国語ができるガイド兼通訳の人ふたり(1日目&2日目担当と、3日目担当)がついてくれることが決まる。そのほか、すでにプラハではじまっているSOSツアーの担当者がひとり、半分ぐらいの行程でついてくれるという。心強いかぎりだ。

 プラハの担当者フイエンさんとガイドの人たち、日本の麻生さん、松原さん、越前の連絡はWhatsApp のグループでおこなうことになり、後日アプリを入れることになる。WhatsApp は英米の作品を訳しているとよく出てくるが、自分では使ったことがない。

 プラハの市内でトラムや地下鉄が乗り放題となるPrague Visitor PassのQRコードも送られてくる。72時間有効とのことなので、現地に着いてから起動させるほうがよさそうだ。
 いろいろなことが一気に動きはじめた。

 こんなさなかだが、SOSがらみで、某ラジオ番組への出演が決まる。お相手のパーソナリティは、びっくりの大物だ。この手記が公開された時点で、放送されているかどうかな?

◎11月16日(日)

 いよいよ翌日出発なので、買い物を少々。
 寒さは日本の12月、1月程度とのことだが、念のためにヒートテックとかマフラーとか手袋とか。
 現地の人へのお土産には、小さい煎餅の詰め合わせを少々。

 ぜんぜん関係ないけど、監禁日記に5回登場した香港のアンジェラ・ユン(袁澧林)がニュージーランドのアジア太平洋映画祭で最優秀主演女優賞を受賞。おめでとう、アンジェラ。これで気持ちよく出国できる。

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↓本編、旅行記の一部をご紹介↓

【ヤン・フス像、カフカ像】
 つづいて、宗教改革の先駆者ヤン・フス像(59章)の前を通る。ヤン・フスは14世紀から15世紀にかけての人物だが、この銅像ができたのは1915年。建造までに500年を要したのには、カトリックを強く信奉するハプスブルク家が統治していた時期が長くつづいたのが大きいという。

 やがて、キリスト教の区域からユダヤ教の区域に足を踏み入れ、カフカ像の前へ。

 SOSの59章の記述を借りると、「外套を着た首のない巨人」が「ずっと小さい男を肩車している像」であり、「弱き魂の重荷を背負う、顔のない男」である。

 上に乗った小さい男はカフカだが、迫害されつづけたユダヤ人を伝説のゴーレムが支えているとも言える。ゴーレムはもともと、後段に登場するラビ・レーヴが、迫害されたユダヤ人たちを守る存在として泥から作った人形である。

 そして、この関係はSOSの作品全体の隠喩にもなっている、とアマイさんは言うが、SOS未読のかたのためにこれ以上は書かないことにする。ともあれ、これは鋭い指摘だ。わたし自身はまったく気づいていなかった。おみごと、アマイさん。おみごと、ダン・ブラウン。

 ところで、このカフカ像の下のほうを見てください。台座の下に何か黒っぽいものがいるように見えませんか? これはなんでしょうか。カフカと言えば『変身』、そして『変身』と言えば……そう、毒虫! 毒虫は一般にはゴキブリのようなものと考えられているので、この絵はそれを模したものだそうです。ゴキブリはSOSにもちょっと登場しますね。

この旅はチェコ政府観光局およびプラハ市観光局(Prague City Tourism) との協業により実現しました。
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チェコ共和国 X https://x.com/Czechia_JP
プラハ市 X https://x.com/PragueEU
プラハ市観光局 https://prague.eu/cityofsecrets-japan/
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続きはダン・ブラウン特設サイトでお読みください。

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