夢枕獏『陰陽師』シリーズ40周年――最新作が発売!「梅道人」から更に深まる晴明と博雅の絆【書評】
PR 公開日:2026/1/23

2026年は夢枕獏先生の代表作『陰陽師』が、オール讀物に掲載されてから40周年という記念すべき年だ。
そのシリーズ最新作『陰陽師 氷隠梅ノ巻』(夢枕獏/文藝春秋)が刊行された。これほどまで長く愛され続ける魅力は、一体どこにあるのだろうか。
■陰陽師・安倍晴明が難事件を解決
舞台は平安時代。死霊や生霊、鬼などが人々の身近な存在として跋扈している平安京。陰陽師として類稀なる才を持つ安倍晴明(あべの・せいめい)は、式神を自由に操り、幻術を駆使し、怪異によって引き起こされる難事件を、親友の源博雅(みなもとの・ひろまさ)と共に解決している。
シリーズ19弾目となる本作では、8編の物語が収録されている。
どの話も語り手が違っていたり、活躍するのが晴明ではない物語もあったりと、切り口が多様なので面白く読ませてもらったのだが、個人的に好きなのは「あちちの関白」と「碧瑤杯」(へきようはい)だ。
「あちちの関白」は、尋常でなく熱い体になり、喉が焼けるような苦痛に苛まれる藤原兼家が、助けを求めて晴明のもとにやって来る話だ。
その原因は、どうやら女のもとへ通った帰り、湧き水を飲もうとして座った「流木の如きもの」らしく……。
この話の冒頭、いつものように晴明と源博雅は美しい月を見ながら酒を酌み交わしていたのだが、
「(前略)この世には、数えきれぬほどの神がおられるのは確かだが、しかし、つまるところ、それはひとつ神ということもできるかもしれぬな」
と晴明は口にする。
博雅も、そして読者も、この時はまだ晴明の言葉の意味を掴みかねるのだが、この短編を読み終わった後には「なるほど」と腑に落ち、仏教説話を聞いたような満足感があった。
晴明の言葉がフリとして提示され、その「伝えたいこと」が短い物語の中で綺麗に収まっている。こういった構成の巧みさも含め、とても面白かった。
余談になるが、前作『烏天狗ノ巻』の中の一篇「梅道人」にて、博雅は愛読者も驚くほど突然の(?)ビックラブを晴明に告げたわけだが、本作の一篇「菓子女仙」でも、さらに深まる「もはや二人だけの世界」を感じることができる。ぜひ楽しみにしてほしい。
「碧瑤杯」は、「あちちの関白」で謎の熱に苦しんでいた藤原兼家が主な語り手として登場する。
異形の恐ろしい怪異たちが一堂に会し、「宝会」――各々の宝をお披露目し、交換したり買ったりするという4年に一度の会に、兼家がひょんなことから参加することになってしまった、という話だ。
憐れでもあり、やや滑稽でもある兼家の苦難を、読者はホラー映画を観るかのようにドキドキしながら体感できる。結果として兼家を助けることになるのが、晴明の好敵手でもある蘆屋道満(あしや・どうまん)なのもいい。
また全体的に感じた本作の魅力は、平安時代らしい「趣き」をふんだんに感じられることも挙げられるのではないだろうか。夜空や月、新緑、舞い散る桜や「菓子女仙」に出てくる「雪と氷の中に包まれた梅」の描写など、情緒あふれる情景は、読んでいてたまらなく美しいと思った。
そして短編なので読みやすいのもいい。余計なものが削ぎ落され、洗練された文章。読むのに労力が要らず、すらすらと頭に入ってくるのに、内容には厚みがあり読後の満足感もある。これが40年以上物語を書き続けてきた小説家の粋(すい)なのかと、(こんな風に評価するようなことも僭越なのだが)感じ入ってしまった。
本作は「しばらく読書離れしていたものの、最近また何かの小説を読みたい」欲求がある方にも推奨したい。
瞬く間に、もう一度、小説の魅力に惹きずり込んでくれるだろう。
文=雨野裾
