これが令和最強の“底辺”青春小説か――フリマアプリ出品と友人の謎バイトで生き延びるひきこもり青年、“呪物”を手にして騒動に! すばる文学賞受賞作【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/2/5

粉瘤息子都落ち択
粉瘤息子都落ち択(更地郊/集英社)

 第49回すばる文学賞を受賞した更地郊氏の『粉瘤息子都落ち択』(集英社)が単行本化。東京を離れる日が迫るどん底の青年が、でっちあげた呪物をめぐる騒動に巻き込まれていくという未曽有の青春小説だ。

 田舎の親を嫌い、大学進学で東京に出てきたが就職後に心を壊して退職、荒れたアパートでひきこもる野中知也。月に1度、メンタルクリニックに通い、フリマアプリで売れた不用品を発送したり、最寄りの自販機で買ったマウンテンデューを飲んだりして、日々を過ごしている。大学で知り合った友人・忍はなぜか裕福で、忍の提案で野中は、週4で格闘ゲーム・ストリートファイター6の対戦をすることで、彼から月10万円を受け取っている。野中はその10万円と傷病手当金で暮らしていたが、実家の父の先がもう長くないことから、九州の田舎に帰る=都落ちする日が間近に迫っていた。

 ある日、野中がいつものようにマウンテンデューを買おうとすると、自販機の所有者に声をかけられ、自販機に貼られた「じゃあ一生オマトゥマヘーオマヘマンヘーっつてろよ。」と印字されたテプラのラベルを持ち帰ることに。家への帰路で、不潔な生活で顔まわりにできるようになった粉瘤がつぶれて、その血がラベルに付着する。異様な雰囲気を帯びたラベルを、野中は呪物としてフリマアプリに5000円で出品。すぐに買い手がつき、収益を手にした野中は、自販機にまた違う文言のラベルが貼ってあるのを見つけて――。

 東京のベッドタウンのアパートでなんとか生きている男のひと夏を描く物語。野中は会社員時代のトラウマから電車に乗れないため、物語の舞台は彼の徒歩圏内だ。そして野中の主な活動は、忍とのオンライン対戦と自販機のラベル狩り、フリマアプリでの不用品販売。とても小さな世界のお話だ。しかしそれぞれの活動の描写が、詳細でとてもリアル。たとえば、ゲーム用語も頻出する対戦シーンは、忍の性格も滲み出る。ポイ活のため歩きすぎて悲鳴をあげる野中の膝と、そんな様子から伝わる野中の心身の貧しさ。フリマアプリで呪物の状態を「未使用に近い」と設定する可笑しさや、出品物や評価コメントでアカウントの人格を探るダンジョンのあるある感。ひとつひとつの濃いエピソードは、まったくキラキラしていないが、明らかに青春だ。しょうもない日常だけど心が大きく揺れた自分の過去を思い出す人も多いだろう。年齢問わず、今も小さな世界で足掻いている人、そして、闇の中で自分の心と向き合ったことのある人の心に響く物語だ。

 しかし本作の筆致は、語り手である野中のシニカルなユーモアを伝えていて、人生の停滞期を描く物語ながら、楽しく読めてしまう。ゲーム用語である「択」や「コンボ」、そして「逆張り」などのネットスラングの扱いと、文学的な表現のバランスも絶妙で心地よい。感情を爆発させることはあれど、最後まで自分の本心を見せようとしない野中と忍の感じも、こじらせ尽くした20代後半の男らしくて好ましかった。汚部屋でフリマアプリに出せるものをひとりで探す時間も、ファミレスで壁画を眺める不毛な時間も、人生にとって意味のある時間……なはずがない。それでも、そういう時間を忘れないでいたい。不思議な名前の小説は、そんな思いを抱かせてくれる、いいお話だった。

文=川辺美希

あわせて読みたい

粉瘤息子都落ち択 (集英社文芸単行本)

粉瘤息子都落ち択 (集英社文芸単行本)

試し読み *電子書籍ストアBOOK☆WALKERへ移動します