『そして、バトンは渡された』著者最新作! 平凡さにコンプレックスを抱えた大学生を巡る、究極にやさしい物語

文芸・カルチャー

公開日:2022/8/21

掬えば手には
掬えば手には』(瀬尾まいこ/講談社)

 どうして自分には何の取り柄もないのだろう。何をやっても平々凡々。何か秀でた才能とか、不思議な力でもあれば、もっと自分を誇れるはずなのに……。誰だって一度は、そういうふうに自分の能力のなさに悩んだ経験があるのではないだろうか。

掬えば手には』(瀬尾まいこ/講談社)は、そんな平凡な自分に悩む人を勇気づけるような一冊。著者は『幸福な食卓』や『そして、バトンは渡された』で知られる瀬尾まいこさん。読む人を優しく包み込むような温かな物語だ。

 主人公は梨木匠。何をやっても平均点。「ナンバーワンにもオンリーワンにもなる要素がなくて、個性と言えるものは一つも持ち合わせていない」自分にコンプレックスを感じている大学生だ。だが、彼は中学生の時に「エスパーのように人の心が読める」という特殊な能力に気づき、以来、その能力をずっと誇りを持ち続けている。梨木は口が悪い店長・大竹さんが経営するオムライス屋でアルバイトをしているが、ある時、そのレストランに看護学生の常盤さんがアルバイトとして加わった。梨木以外の今までのアルバイトは、大竹さんの態度に耐えかねてすぐに辞めてしまったが、常盤さんは大竹さんからどんな嫌味を言われても、淡々と業務をこなしていく。大竹さんの下で働くのはラクではないはず。梨木は常盤さんを気遣うが、どんな人の心も読めると思っていたのに、彼女の心だけは読めない。それどころか、こんなにも心を開いてくれない人物と出会うのは彼にとって初めての経験だった。

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 瀬尾まいこさんの作品には本当に悪い人間が出てこない。どの人物も一癖も二癖もあるが、それにはちゃんとした理由がある。その理由を知れば「この世界には嫌な人なんていないのではないか」とさえ思えてしまうほど。とっつきにくい常盤さんはもちろんのこと、気難しい大竹さんのことも、いつの間にか好きになってしまう。

 そんな彼らの魅力に気づかせてくれるのは、梨木の持つ力だ。梨木は「人の心が読める」ことにこだわり、それが常盤さん相手に発揮できないことに思い悩んでいるようだが、物語が進めば進むほど、彼の本当の力が見えてくる。きっと「人の心が読める」というのは何も特殊な能力ではないのだろう。困っている人は助けたい。常に相手のためを思って梨木は行動し、役に立ちたいともがき苦しむ。そんな彼に周囲の人は助けられていくのだ。感情を見せない常盤さんも実はつらい秘密を抱えているが、それが何なのか、梨木はなかなか知ることはできない。だが、彼女と向き合い続けるうちに、梨木は不思議な出来事に見舞われることになる。

 梨木の真っ直ぐさと、彼に救われ、彼の力になることを願う周囲の人たちの思いに、心が洗われたような気持ちになる。と同時に、なんだか許された気持ちにもさせられる。誰にだって、つらい過去やコンプレックスがある。だけれども、一生懸命生きていけば、きっと誰かが認めてくれる。どんな人だって、誰かにとって特別な存在なのではないか。ふとそんなことを感じさせられるのだ。

 どんな悩みを抱えていたとしても、大丈夫。きっとそのうち、どこかから温かい光が差し込んでくる。そんなことをごく当たり前のように信じられるこの物語は、今、ちょっぴりつらい日々をすごしている人にこそ読んでほしい。読めばきっとあなたもなんだか救われたような気持ちになることだろう。究極に優しい物語に癒されることは間違いない。

文=アサトーミナミ