三浦しをん、西加奈子、道尾秀介。名だたる作家・著名人28名がおくる、おすすめの一皿を語ったエッセイ集『わたしの名店 おいしい一皿に会いに行く』
PR 公開日:2023/12/22

作家、お笑いタレント、俳優など、各方面で活躍する28名がおすすめの一皿について綴ったエッセイ集『わたしの名店 おいしい一皿に会いに行く(ポプラ文庫)』(ポプラ社)が、2023年12月に刊行された。本書には、各々が食に抱くこだわりや名店への愛着、“おいしい一皿”にまつわる思い出が綴られている。どの著者の文体も、総じて穏やかで柔らかい。好きなものについて書く時、人の言葉は自然と丸みを帯びるのかもしれない。
本書は、食を楽しむ時間帯やシチュエーションによって、大きく4章に分けられる。ここでは、それぞれの章から印象的だった「一皿」をご紹介したい。
まずは、「日常を彩る おいしいごはん」から、三浦しをん氏による『ご近所に灯る幸せの光』について。ここでは、世田谷区にあるイタリア料理店にまつわるエピソードが綴られている。肩肘張らず、お一人様でも気楽に入れるお店であり、「メニューに載ってるもの全部がおいしい」と著者は太鼓判を押す。また、この店の料理は見た目も味も充分に満足のいく一皿でありながら、喉や胃に負担がかかることはない。誠実に、粛々とたしかな腕を振るう名店への想いを、著者は「清廉」と表現している。
著者のみならず、著者の母までも虜にした名店は、コロナ禍でもテイクアウトを実施していた。そのため、母のご所望に従い、著者が何度も店に走る一幕もあったという。街角に佇むさりげない名店は、多くの人の日常を豊かに彩っているのだろう。
次に、「ほっと一息 お酒とつまみとごはん」から、道尾秀介氏による『プロに訊かなきゃわからない』について触れたい。著者の職業は、作家である。よって、何らかの描写に迷った際には、その道のプロに取材しながら執筆を進める。ここでは、「カワハギの肝和えに合う日本酒が何か」を知るために訪れた浅草の和食料理店でのひと時が、軽快な筆致で綴られている。
“実のところ取材というのはほとんど言い訳で、飲食店の風景を書いているうちにお酒が飲みたくなっただけ。”
こんな素直な一文に思わずくすりと微笑みつつも、読み進めるとやはりプロの作家は凄い、と唸らせられる一幕もある。私自身が飲兵衛であり、特に日本酒には目がない。そのため、本章を読みながら思わずごくりと喉が鳴った。カワハギの肝和えと片口に注がれた日本酒。想像するだけで至福である。
「心が弾む スイーツとカフェ」の章からは、あさのますみ氏による『夕焼けスコーンの香り』をご紹介したい。本章は、著者が喫茶店のトイレの壁をペンキ塗りする場面からはじまる。お店の名前は、「焼き菓子 momomo」。現在は主に通販で販売を行なっているそうだが、当初の喫茶店を立ち上げたのは、著者のかつての恋人の友人であった。「行ってみてよ」との元恋人の言葉に、著者は「行ったら報告するね」と約束した。しかし、その約束が叶う日はこなかった。
深い悲しみを伴うエピソードが、本章には綴られている。しかし、その悲しみの色を、こんがりと色づいた香り高い「夕焼けスコーン」が、ほのかに丸く照らしている。食にまつわる思い出は、楽しいものだけに限らない。辛く、苦しい最中に頬張った優しい甘さに、萎れた心が引き上げられることもある。著者もそんな一人で、そういう人は、案外たくさんいるのだろう。
最後に、「心に残る 特別なごはん」から、久住昌之氏による『佐賀の小さな小さな餃子屋さん』について。こちらはもう、とにかく「美味しそう」の一言に尽きる。私が大の餃子好きであることを差し引いても、読めば「食べたい!」と思うこと請け合いである。タイトルにある通り、佐賀の小さな餃子屋さんをバンドメンバー二人と訪れた著者は、はじめ「餃子一人前10個」を注文した。しかし、皮から手作りのこだわりの餃子は、軽い口当たりと絶妙な美味しさで皆を虜にする。最終的に、著者たちは三人で、焼き餃子と水餃子をあわせて50個平らげることとなった。ご夫婦の見事な連携プレイと、冷えた「ビイル」。通うごとに縮まっていく距離感もまた、著者の足を名店へと通わせる。
前述した三浦しをん氏の章の終わりに、こんな一節がある。
“おなかだけでなく心も満たされる。細い道にあたたかい光を投げかけるそのお店に、私は今夜も吸い込まれる。”
食事が人に与えるものは、単に体が欲する栄養だけではない。料理のクオリティのみならず、お店の空気感や付随する思い出も含めて、「食べる」行為は心の栄養につながっている。ゆえに、総合的な意味合いで、「食べることは生きること」だと私は常々思っている。本書を読んで、改めてその想いが確信に変わった。
嬉しいことがあった時、悲しいことがあった時、あのお店の、あの一皿を食べよう。そんな希望があったほうが、人生は豊かだ。そういう自分だけの“名店”が、誰しもあればいいなと思う。
文=碧月はる
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