「週刊文春ミステリーベスト10」1位も納得の話題作『13・67』――香港の変遷と本格ミステリーの醍醐味を融合させたトリッキーな逆・年代記

文芸・カルチャー

更新日:2018/2/13

『13・67』(陳浩基/文藝春秋)

 香港人作家・陳浩基の『13・67』(文藝春秋)は香港を舞台にした華文ミステリーの翻訳作品。訳者があとがきで「まさに香港史に残る傑作小説」とまで言い切り、2017年度の『週刊文春』のミステリーベスト10、2018年の原書房本格ミステリベスト10でそれぞれ第1位、2018年版「このミステリーがすごい!」第2位を獲得するといった極めて高い評価も、実際に本作を読んだ人ならば誰もが納得するはずだ。

 タイトルの数字は年代を意味している。本作は6作の中編から成る連作小説で、第1話「黒と白のあいだの真実」の2013年から、最終話「借りた時間に」の1967年まで時代をさかのぼっていく“逆・年代記”となっており、物語の起点と終点の年がタイトルになっているというわけだ。

■100超の事件を解決する伝説の警察官の半生を描く

 6作の中編を通して描かれていくのは、警察官として100を超える事件を解決し、“天眼”とまで呼ばれた香港警察のクワンという伝説の男の半生。しかし、第1話で登場する2013年のクワンは、もう限界ギリギリだ。というのも、老齢のクワンは末期がんで昏睡状態にあり、体を動かすどころか、話をすることすらできないのである。そんなクワンが無言のまま横たわる病室へ、何者かに殺害された財閥グループ総帥の家族たちが集められる。訝しむ彼らに向かって、クワンを“教官”と呼んで長年教えを請い、父のように慕っていたロー警部はいう。昏睡状態でもクワンの脳波からは「はい」「いいえ」といった簡単な意思を測定することができ、事件の概要を聞かせれば、その反応だけでクワンは真犯人につながる推理を示すことができるはずだ、と――。

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 この第1話は事件の現場に行かずに関係者の証言だけで事件を解決する“安楽椅子探偵もの”。探偵役が「はい」と「いいえ」の意思表示しかできないという奇抜な設定にまず驚かされるが、本作の魅力のひとつは各エピソードがそれぞれ異なるミステリーの持ち味を存分に味わわせてくれるところにある。

■人気アイドル殺害事件!? 香港映画を彷彿とさせるストーリー

 2003年を舞台にした第2話「任侠のジレンマ」では、人気アイドル殺害動画と絡めて香港の裏社会を跋扈するマフィアの抗争に立ち向かうクワンが描かれ、第3話「クワンのいちばん長い日」は香港が中国に返還される1997年に引退を迎えたクワンが凶悪犯の脱獄と失踪の謎を追う。1989年、警察の監視下にある巨大雑居ビルというシチュエーションで激しいガンアクションが繰り広げられる第4話「テミスの天秤」は、香港警察内の対立と内通者を探る警察小説として展開していき、1977年を舞台にした第5話「借りた場所に」はイギリス人一家の子供を攫ったと身代金を要求する誘拐犯とクワンが対決。身代金の受け渡しをめぐるスリリングな駆け引きは誘拐ものならではだ。最終話「借りた時間に」では1967年の反英暴動に揺れる香港が描かれる。タイムリミットが迫るなかで爆弾テロ阻止に香港の雑踏を奔走する姿は思わず手に汗を握り、その活劇に往年の香港映画を彷彿させられる。

 こうした各編のどれもが巧妙なトリックと緻密なロジック、意外な犯人という本格ミステリーの醍醐味を満喫できる作品になっているのだが、同時に本作は全編を通して香港の風景と人々の営みを活き活きと描く。そんな香港現代史を通して“正義とは何か”という大きなテーマも浮き彫りにする社会派ミステリーでもあるのだ。1967年から2013年という時間の経過によって香港という都市と社会、そしてひとりの人間がどのような変遷を遂げたのか。“逆・年代記”ならではの結末の衝撃に誰もが読み終えた直後に再び第1話から物語を読み返したくなるはずだ。

文=橋富政彦