「男の子が大人になるまでに受ける傷の蓄積は、かなりのもの」――父親になることから男らしさの呪縛まで、白岩玄さんと田房永子さんが語る!

文芸・カルチャー

公開日:2022/12/9

「男の子が大人になるまでの間に受ける傷の蓄積は、かなりのもの。なのに、それを隠そうとする」(白岩)

白岩玄さん

白岩:僕には5歳の息子と2歳の娘がいるんですが、息子が今「保育園いやいや期」なんです。今日も「行きたくない。家にいる」と行きしぶっていました。保育士さんが息子に話を聞いたところ、自分はブロック遊びがしたいのに他の男の子たちの戦いごっこに参加しないといけないと感じるらしくて。それを聞いて、どうしたものかなと思いました。「戦いごっこが嫌ならやらなくてもいいんだよ」とは言いますが、それって結局、大人である僕の立場だから言えること。自分も5歳だったら「じゃあ、ひとりでブロック遊びをしよう」とはならないと思うんです。

田房:どう折り合いをつければいいのか、難しいところですね。

白岩:僕自身も、中学校の時に運動部に入らなきゃいけないと思っていたんです。文化部に入るのは男として一段下だという認識があって、意地を張って運動部に入りました。息子に同じことはさせたくないけれど、僕がどれだけ「やりたくなければやらなくていいんだよ」と言っても、選ぶのは息子。親が助けてやれる範囲には限界がある。

advertisement

田房:そういう経験も必要なのかもしれないとも思うし、なかなか難しい問題ですね。私の場合、キャンプが長年嫌いだったんです。女の人は必ず野菜を切らされるし、ボスみたいな男の人が魚の塩釜焼を作るじゃないですか(笑)。で、塩釜を割る時に「わー、すごーい」って言わされる。

白岩:わかります(笑)。男の人は鉄板の周りにいるのが普通、みたいな感じがあって、僕も大勢でのキャンプは苦手です。

田房:でも、女の人はそういうのを話すのが上手なんですよね。SNSにも「こんなことがあった」とワーッと書くじゃないですか。でも男性は、同じくらい嫌な思いをしているのになかなか話そうとしません。文化部と運動部の話なんて、いろいろありそうなのに。

白岩:僕自身もそういう話をすることに抵抗があります。もちろん問題には気づいているし、言語化もしている。書こうという意思があれば書けるんですけど、他の人に届ける必要はないと自分にブレーキをかけてしまうんです。それは、これまで自分が男性として生きてきた中で培われたブレーキなんだろうと思います。30代になって結婚してからは、ようやくこうした問題を書けるようになりましたが、ずっと苦しかったですね。

田房:つらい思いをしているのに、自覚していない男性も多いと思うんです。他の男性の話を聞けば、きっと「あ、そうだよね」「実は僕もそうだった」となるはずなのに。そもそも、男性は生きているだけで加害者側に組み込まれることが多いですよね。

 その風潮は、小学校の頃から始まっていると思うんです。小学校では2、3年生から男女で分かれて着替えるようになりますが「男の性欲から女子を守るために分けている」と感じていた、という話をこないだ男性から聞きました。10歳の娘が小学校でもらってきた性教育のプリントも、表が生理、裏が射精の解説でこれはどうなんだろうと思いました。射精は性欲と密接な結びつきがありますが、生理は関係ありませんよね。それを紙の裏表で対にして教えられるのは違うよなと思うんです。女性が「生理は大変」と言うと、男性から「性欲だって大変」と返ってくるのも、こうした教育による認識の違いがあるからでしょう。でも、女性にだって性欲はあります。この数十年にわたって、教科書で女性の性欲について触れられていないことが、多方面にわたって私たちの生活に影響を与えていると思うんです。

白岩:こうした教育も、男性は加害者側、女性は被害者側とただわかりやすく分けて考えることにつながっているような気がします。だから、男性は自分が受けた被害、傷について語りにくいのかもしれません。男の子が大人になるまでの間に受ける傷の蓄積って、実際はかなりのものだと思うんです。それについて吐き出す男性が、もっと増えればいいですよね。同じ人間の中に、被害を受けた部分と加害している部分は両方あって当然なのに、男性は自分が傷ついたことを隠そうとします。それが誰かを攻撃することにもつながっているのかもしれません。そういう違和感、男の子が受けてきた傷についても、今後は書いていきたいですね。

 

田房永子さん『プリテンド・ファーザー』感想マンガ

田房永子さん『プリテンド・ファーザー』感想マンガ

田房永子さん『プリテンド・ファーザー』感想マンガ

田房永子さん『プリテンド・ファーザー』感想マンガ

田房永子さん『プリテンド・ファーザー』感想マンガ

 

(プロフィール)
白岩玄(しらいわ・げん)
1983年、京都府京都市生まれ。2004年『野ブタ。をプロデュース』(河出書房新社)で第41回文藝賞を受賞しデビュー。同作は第132回芥川賞候補作となり、テレビドラマ化。主な著書に『空に唄う』(河出書房新社)『未婚30』(幻冬舎)『ヒーロー!』(河出書房新社)『たてがみを捨てたライオンたち』(集英社)など。共著に『ミルクとコロナ』(河出書房新社)がある。

田房永子(たぶさ・えいこ)
1978年東京生まれ。漫画家、ライター。2000年、雑誌「マンガエフ」(太田出版)にて漫画家デビュー。2012年、母からの過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA中経)を刊行し、ベストセラーに。主な著書に『それでも親子でいなきゃいけないの?』(秋田書店)、『男しか行けない場所に女が行ってきました』(イースト・プレス)、『キレる私をやめたい ~夫をグーで殴る妻をやめるまで~』『男社会がしんどい ~痴漢だとか子育てだとか炎上だとか~』(ともに竹書房)など。近著に『人間関係のモヤモヤは3日で片付く -忘れられない嫌なヤツも、毎日顔を合わせる夫も-』(竹書房)などがある。

あわせて読みたい