“クズ男”との恋愛漫画がフェミニズムに切り込む作品へと変わっていった? 男女の対等な恋愛=「無痛恋愛」はどうすれば実現するのか、著者・瀧波ユカリさんに聞いてみた!

マンガ

公開日:2023/1/31

わたしたちは無痛恋愛がしたい~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~
わたしたちは無痛恋愛がしたい~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~』(瀧波ユカリ/講談社)

・美容院の店員が客に下ネタトークをすることは許されるのか(本人曰く「軽いノリ」)
・妊娠しない「男」と妊娠しうる「女」のカジュアルセックスはお互い「同じだけ楽しめる」ものなのか

 いずれも漫画『わたしたちは無痛恋愛がしたい~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~』(瀧波ユカリ/講談社)に出てくる議題である。

 そんなの人それぞれだよ、と思ったかもしれない。その通り、人それぞれだ。ただ、人それぞれということは、対話をしてお互いの主張のすり合わせをしないと着地点が見つからないということでもある。「人それぞれ」に、正解もマニュアルもない。なぜなら、人それぞれだから。

 それでは、その「対話」とやらを、目の前の人と対等にきちんとできている人間はこの世にどれだけいるのだろう。本作を読んでいるとそんなことを思わされる。

『わたしたちは無痛恋愛がしたい』(以下、『無痛恋愛』)の作者・瀧波ユカリ先生に、作品誕生の経緯や、作品から考える対等な恋愛、対等なコミュニケーションについてなどを語っていただいた。

(取材・文=朝井麻由美)

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『無痛恋愛』のテーマが決まった意外な経緯

瀧波ユカリさん

――『無痛恋愛』では、普段みんなが蓋をして「ないもの」としがちなジェンダーの不均衡に切り込んでいますよね。きちんと考えると都合が悪かったり、それが問題だと気づいていなかったり、場の空気を壊さないようにスルーしていたり。こういったフェミニズムをテーマにした作品の構想はいつ頃からあったのでしょうか?

瀧波ユカリ先生(以下、瀧波) 作品の大まかな構想を考えたのは、以前連載していた『モトカレマニア』が終了したあとなので、2年くらい前だと思います。ただ、もともとはフェミニズムをテーマにしようと思って作り始めたわけではないんですよ。最初は、恋愛漫画にしようということしか決まってなくて。どんな恋愛漫画にしようかな? チャラいクズ男を描きたいな。クズを出すなら、正反対のタイプの男の人も出そう、当時考えていたのはこれくらいでした。

 そういったことを『&Sofa』の編集さんとやり取りしていく中で、自分で思っていたよりもジェンダーの話を入れていいんだ、と思ったんです。今の時代に合わせた媒体作りをしているというか……、読者の見る目の高さに合わせて、どんどん盛り込んでいいんだ、と自分の中のリミッターが外れていった感じです。

――瀧波先生はご自身のSNSでもよくジェンダー関連の発信をされているので、そこにリミッターがあったのは意外でした。

瀧波 自分の意見をそのまま漫画に描くという発想はあんまりないんですよね。わりと媒体の対象読者に合わせて、自分の中で枠をもうけているところがあって。だから、「基本自炊する」と男の人に言うと、なぜか「料理好きで家庭的なんだね」に変換される話とか、街中でわざとぶつかってくる男の人の話とか、そういうエピソードは後から盛り込んでいきました。

足りないのは経験、知識、言葉――何が問題なのかわからない20代

わたしたちは無痛恋愛がしたい〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜

わたしたちは無痛恋愛がしたい〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜

――そうだったんですね。最初はクズ男との恋愛漫画だったところから、だんだんテーマがフェミニズムに。主人公みなみの友人である由仁ちゃんは、「フェミ垢を持っている」という設定ですよね。作中ではみなみちゃんが巻き込まれたジェンダー不平等な案件を、「それっておかしくない?」と由仁ちゃんが指摘するシーンも多くあります。

瀧波 みなみは自分が相手から対等に扱われていないことに気づいていなかったり、セクハラやストーカーをされてもそれを問題だと認識していなかったり、さまざまなことに巻き込まれますが、問題を抱えているからこそ漫画の主人公として成立するという部分もあります(笑)。

――確かに! 問題があるからこそ、そこに物語が生まれますもんね。1巻から2巻の途中まではみなみちゃんが20代の頃のお話で、読んでる側としてはずいぶんヤキモキさせられました……。

瀧波 20代の頃って、自分の抱えている問題が何なのかがわからないことが多いと思うんです。男の人に振り回されて、ひたすら自分が受け身で、だからといって突っぱねることもできない。こうなってしまうのは、まだ経験も知識も言葉も持っていないから。

――そして2巻の後半では、まさに経験と知識と言葉を得たみなみちゃんが登場します。

瀧波 みなみは30代になって「これっておかしくないですか?」と自分の言葉で言えるようになったわけですが、もし、最初から「フェミニズムをテーマに」というストレートな依頼で漫画を描き始めていたら、第1話からこれを描いてしまっていたと思うんですよ。でも、それだと物語は起きないので(笑)。20代のボロボロの状態を描いたあとに、男の人に振り回されずに自分の意見を言えるようになった姿を描けて、今思えばよかったかもしれません。

「無痛恋愛」とは言い換えると「○○な恋愛」

わたしたちは無痛恋愛がしたい〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜

わたしたちは無痛恋愛がしたい〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜

――過去には『臨死!! 江古田ちゃん』の「猛禽」に始まり、今回は「星屑男子」「鍵垢女子」「フェミおじさん」など、瀧波先生の作品は印象的な言葉が多く登場します。特に、タイトルにもなっている「無痛恋愛」という言葉についても掘り下げたいのですが、「無痛恋愛」とは、どんな恋愛を指すのでしょうか?

瀧波 「無痛恋愛」という言葉の由来は作中にも描かれていますが、改めて説明するとスウェーデンの漫画家リーヴ・ストロームクヴィストが著者『21世紀の恋愛』の中で使っていた言葉です。原文の表現は定かでは無いのですが、日本語版で訳者のよこのななさんが『「無痛」恋愛』と訳しています。『21世紀の恋愛』を読んだ時にこの言葉がとても気になり、痛みのない恋愛ってどんな恋愛だろう? と思ったことから、それまでに考えていた話の構想がさらに進みました。このタイトルをつけたときには、ふわっとしか考えていなかったのですが、最近気づいたのは、女性側が思う「無痛恋愛」ってつまり「加害されない恋愛」なんじゃないかな、と。加害や、搾取をされない恋愛。

 こういうと当たり前なんですが、その当たり前のことができない人が多いからみんな悩んでるわけで。

――作中ではみなみちゃんが、女扱いどころか、人間扱いされていない、となっていましたが、つまり、搾取されない恋愛とは、人間扱いされる対等な恋愛。

瀧波 そう、「無痛恋愛」は言い換えると、「対等な恋愛」ですね。

 そもそも、自分より下になってくれる女の子を恋愛対象にする男の人がすごく多いんじゃないかと思っていて。「自分より下」に当てはまらない人はその時点で恋愛対象から除外されるじゃないですか(笑)。

――必要なのって、1対1で同じ目線で対話できる、ということですよね。

瀧波 そう思います。一方で、女性と1対1で同じ目線で対話できて、世の中のジェンダーの不均衡にも気が付いている男の人も、多くはないけど存在している。彼らはどんな経験を積んでそうなれたんだろうと考えた時に、ひとつ自分の中で浮かんだのは「仕事などで女性の話をじっくり聞く機会が多い男性」でした。たとえば「桃山商事」の清田隆之さんは学生時代から1200人くらいの女の人に恋愛相談を中心とした話を聴いてきて、聴く過程で、「あれ? これって世の中ちょっとおかしいんじゃないか?」と気づいたそうです。同じように、作中で「フェミおじさん」と呼ばれる人は、読み進めると実はある職業に就いていることが発覚します。この職業も人の話をたくさん聴く仕事なんですよ。

――稀有な知見があるからこそ、それが価値となって仕事として成り立つわけですものね……。そもそも、みなみちゃんがそうであったように、女性も経験が少ない20代の頃は気づけていないことは多いですよね。

瀧波 まさに私自身がそうでした。20代の頃は、別に男女平等じゃん? と思っていたんですけど、今振り返ってみるととんでもない! それがあってはならないことだと気づけていなかったんですよね。

――わかります。

瀧波 例えば、2巻の最後のほうに、みなみが「女性には妊娠のリスクがある」と男の人に説明するシーンが出てきます。この数ページという短いシーンだけでも、見たこと聞いたこと触れたことがあれば、同じことが起きたときに「ハッ」となる。みなみ自身も、何かを読んで気づいたり、誰かに聞いて自分の考えを整理したり、そういうことを経て、自分の意見を言葉にできるようになったと思うんですよ。

 漫画の感想を聞いていると、男の人は読んでいてツラいらしいんですけどね(笑)。でも、誰かを責めたくて描いているわけではなくて、単純に社会の構造を見せたいだけなんです。みんな色々な生き方をしていて、どれが正解というわけではない前提で、作品を読んでいただくことで、単純に「知っている」だけで、人に対する想像力を持てたり、気づきを得たりしていただけたら嬉しいですね。

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