東大卒の作家が結集したミステリアンソロジー『東大に名探偵はいない』――「東大生ミステリ小説コンテスト」で大賞を受賞した浅野皓生さんインタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2023/2/7

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年3月号からの転載になります。

浅野皓生さん

 東大卒の作家が結集したユニークなミステリアンソロジー『東大に名探偵はいない』。「東大生ミステリ小説コンテスト」で大賞を受賞し、短編「テミスの逡巡」が同書に掲載された東大法学部3年・浅野皓生さんにインタビューした。

取材・文=朝宮運河 撮影=浜田啓子

advertisement

 2022年にKADOKAWAと東京大学新聞社が共同開催した「東大生ミステリ小説コンテスト」。現役東大生を対象としたこのコンテストで大賞に輝いたのは、法学部3年の浅野皓生さんの短編「殺人犯」だった。

「ミステリ好きになったのはドラマ『相棒』がきっかけ。その影響でミステリを書き始めました。大学に入ってからは勉強が楽しくなり、創作活動から遠ざかっていたのですが、授業の課題で書いた小説が好評だったこともあり、また書くようになりました」

 書籍化にあたって「テミスの逡巡」と改題された「殺人犯」は、外科医として活躍する東大卒業生・伊田に、学内メディアの学生が取材するという設定。アイデアは法学部の授業を受けている際に浮かんだという。

「ミステリの題材になりそうだなと思って、ストックしていたんです。コンテストの存在を知ったのが締め切り直前でしたし、海外留学の時期とも重なっていたので、書き上げるのは無理かと思ったんですが……(笑)。このアイデアがあったおかげで間に合いました」

 伊田は弁護士を辞めて医師になったという経歴の持ち主。そのきっかけとなった〈法律の限界〉とはどういうことなのか。インタビュー記事公開後、編集部に届いた告発状の差出人とは? 二転三転する構成が光る。

「当初はラストの展開がなかったんですが、伊田の抱える葛藤について考えていくうちに、自然に頭の中に浮かんできました。ミステリとしての充実度が増したと思います。時間がない中でそれなりに頑張れたとは思いますが、もっと構成や設定に凝れたのでは、という反省も少しありますね」

 小説では宮部みゆき、横山秀夫らの社会派テイストのある作品が好み。「テミスの逡巡」にも法と人の関係を問い直すような、鋭い視線が込められている。

「法律は形式的なものです。でなければ普遍性が担保できないのですが、その形式性が生むひずみも忘れないようにしたい。こんなことを知ったふうな口で言うと、法学部の先生に叱られるかもしれませんけど(笑)」

 今回「テミスの逡巡」が掲載されることになった『東大に名探偵はいない』は、東大卒&現役東大生の作家6名によるミステリアンソロジー。さまざまな視点から東大が描かれている。

「自分が“東大生である”ことについては、あえて意識しないようにしているんですが、そこを正面から扱った作品が多くて、とても興味深かったです。コロナ直撃世代で学校行事をほぼ経験していないので、五月祭を描いた辻堂ゆめさんの『片面の恋』は新鮮でした」

 昨今の東大生ブームを見ても、わたしたちがこの大学に興味を寄せているのは明らか。好奇心、羨望、優越感。6編のミステリは読者それぞれの考える“東大”を、リトマス紙のように浮かび上がらせる。

「面白がったり不快になったり、読む人によって反応はいろいろだと思います。そこも含めて、“東大ミステリ”というジャンルを楽しんでいただければいいんじゃないでしょうか」

 本書に参加したプロ5人は、東大卒業後、ミステリ界で華々しい活躍を見せている。浅野さんがその後に続く日も、そう遠いことではないかもしれない。

「これまでは法律の道に進もうと思っていましたが、今回受賞させていただいたことで、心が揺れて始めています(笑)。せっかくのチャンスをいただいたので、小説も全力でがんばりたいですね。謎が解けた後も心に余韻が残るようなドラマ性のあるミステリを目標に、執筆を続けたいと思います」

『東大に名探偵はいない』収録作

■市川憂人
「泣きたくなるほどみじめな推理」
1995年、憧れの従姉を失った私は、彼女の痕跡を探すため東大の文芸サークルに入った。そこで知る意外な真実とは。
 
■伊与原 新
「アスアサ五ジ ジシンアル」 
東大の地震研に突然届いた1枚のはがき。虹で地震を予知したという「ムクヒラの電報」と関連があるのだろうか。
 
■新川帆立
「東大生のウンコを見たいか?」 
東大卒のミステリー作家・帆立は、親友リリーとともに東大農学部で起きたウンコ盗難事件の犯人を探すことに。
 
■辻堂ゆめ
「片面の恋」 
五月祭の準備で盛り上がる東大構内、クラスメイトの熱烈な恋を一瞬にして冷めさせた「片面」とは何だったか?

■結城真一郎
「いちおう東大です」 
美しい妻がまっさきに提示した新居の条件は、「東大が見えるところ」。やがてその恐ろしい意図が明らかになる。
 
■浅野皓生
「テミスの逡巡」 
卒業生の医師・伊田を取材した学生メディア「UTディスカバー」編集部に、彼は人殺しだとの告発状が届く。

浅野皓生
あさの・こうせい●2001年、東京都生まれ。東大法学部3年。ドラマ『相棒』をきっかけにミステリ小説の執筆を始める。2022年「殺人犯」(書籍化にあたり「テミスの逡巡」と改題)で東大生ミステリ小説コンテスト大賞を受賞。

あわせて読みたい