小池栄子が11年前にドラマで演じた『贖罪』をオーディブルで読む。湊かなえの名作と再会して生まれた「愛するとは?」という自問自答

文芸・カルチャー

公開日:2023/6/28

小池栄子さん

 湊かなえさんによる自身3作目の小説『贖罪』。田舎町で起きた小学生少女殺人事件に関わった人々が15年後に悲劇の連鎖を生む本作は、デビュー作『告白』と同様に、章ごとに変わる登場人物の独白によって構成されている。

 本作が2012年にドラマ化された際、子供の頃からしっかり者で教師になった真紀役で出演した小池栄子さんの朗読により、Amazon Audibleが配信されることが決定した。本記事では、11年ぶりに『贖罪』と再会し、登場人物5人の独白をすべて1人で朗読した小池さんにお話を伺った。

(取材・文=立花もも 撮影=金澤正平)

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――『贖罪』は、15年前に起きた小学生少女の殺人事件をめぐる5人の女性の物語です。殺された少女の母親が放った「あなたたちを絶対に許さない」という贖罪を強いる言葉を受けて、殺害の直前まで少女と一緒にいた四人の同級生たちがどのような人生を歩んだのかを描きだします。

小池栄子さん(以下、小池) 人間の感情に正解なんてないんだな、ということを改めて思い知らされる小説でしたね。少女の母親……麻子さんがどういう思いでその言葉を口にしたか、というのもそうですけど、言われた四人の女性たちの受け止め方にも、事件そのもののとらえ方にもそれぞれ違いがあって、総合してはじめて浮かびあがってくる真実もある。自分だけの価値観で一方的に物事をとらえていたら、とりこぼしてしまうものがたくさんあるんだろうなということをまざまざと感じました。自分が何気なく言った言葉が、誰かの人生を狂わせてしまうかもしれないんだな、と思うと怖くもなりましたし。

――麻子さんが、四人の子どもたちの人生を歪めてしまったように。

小池 大切な一人娘を失った悲しみで激情に駆られた彼女の気持ちは、よくわかります。2012年のドラマに、第2話の語り手である真紀として参加したときは、何も悪くない子ども相手に身勝手なことを、と思ったりもしましたが、年齢を重ねた今は彼女に寄り添いたくもなってしまう。同時に、若い頃の自分の言動を思い返して、後悔ばかりがよみがえってくるんですよね。そういう意味でも怖い小説だと思いましたし、人間力が問われているような気もしました。頭でっかちに、自分の信じる正しさにこりかたまっている人ほど、読んだほうがいいんじゃないのかな。

――そのすべての視点を朗読していくのは、演じるのとはまた違う難しさがありそうですね。

小池 難しかったですねえ。しかもこの小説って、5人それぞれの独白だけで紡がれていく構成じゃないですか。ある人は手紙を書くかたちで、ある人は壇上で大人数を前に、ある人は問いかけてくる誰かと一対一で……と、シチュエーションをさまざまに変えながら、それぞれが事件以後、どのような人生を歩んできたかを語る。章によって、つまり語り手によって、声を微妙に変えるよう意識はしていました。本当に微妙に、ですけどね。

――確かに聴きながら、演じ分けというほど明確ではないのですが、それぞれの章で声質が違うようには感じていました。

小池 私の尊敬する監督は、撮影に入る前に本読みを何回もされるんですけど、まず役の声を決めることが大事だと考えていらっしゃるからなんですよね。話すときの速度や口調、イントネーションなど、声だけでその人だとわかるものを何日も費やしてつくりあげていく。その方に言われたことを、改めて感じた現場でもありました。

――とくに難しかった場面はありますか?

小池 独白といえど、語り手以外のセリフも入るんですよね。たとえば第一話の紗英ちゃんの、夫となる孝博さんとのやりとりとか。異性のセリフをどういうトーンで入れたらいいんだろう、というのはけっこう考えましたね。あと、終章なんかは、自分でも気持ちの整理をつけておかないと、感情が入り乱れてしまうような気がしました。独白しているときとはまた違うトーンで、それぞれが誰のセリフなのか伝わるよう声にしていくのは難しかったです。あとは……もうね、毎回収録が終わるたびに「今日も難しかったです!」と言って帰ってて(笑)。

――やはり、ふだんのお芝居とは違いましたか。

小池 違いましたね。自分がいかに、表情やしぐさに頼って演技をしていたのか、痛感しました。ずっとナレーションの仕事をしてみたくて、マネージャーさんにも「そういうチャンスがあったらお願いします」と言っていたから、今回のお話をいただけたのはまたとない喜びだったんですけど。

――他のオーディブル作品を聴いたりはされたんですか?

小池 あまり影響されてもよくないと思ったので、少しだけ。たぶん、誰が読んでいたのか聴き終わるまでわからない、というのがいちばんいい朗読なんだろうな、と思いました。たとえば村上春樹さんの『海辺のカフカ』を木村佳乃さんが朗読している、と知ったら聴いてみたくなるじゃないですか。そういうとっかかりとして、役者の名前はとても重要だと思うんです。でも、聴いたときには読んでいる人の存在を感じさせないもののほうがいい。木村さんの朗読をはじめ、私が心地いいなと思うものは全部そうだったんですよね。

――確かに、ナレーションでも、番組の雰囲気に合ったものほど「この人だったのか!」とあとから気づかされますよね。

小池 そうなんです。私、アリtoキリギリスの石井(正則)さんや杏ちゃんのナレーションがすごく好きなんですよ。特徴はある声なのに、聴いていると妙に落ち着く。その人にしかできないと思う一方で、演者の気配はちゃんと消えている。それがいかにすごいことなのか、今回、改めて感じました。ただ、その特徴が耳障りに感じられてしまうこともあるでしょうし、どんなに他人がいい声だとほめそやしても、本人は大嫌いだということもあるでしょう。こればかりは縁だなと思います。容姿以上に、声というのは親からもらったギフトみたいなもので、奇跡的な出会いによって仕事に繋がっていくのだろうな、と。

小池栄子さん

――最近は、朗読劇も増えて、声の仕事に注目が集まっている気がします。

小池 増えてますよね。オーディブルと違って演者の顔が舞台上で見えるものだけど、目をつむって聴いていらっしゃるお客さんもいて、演劇とはまた違う楽しみ方があるんだろうなと思います。朗読劇は、座組を変えて、演出を変えて、何年もかけてさまざまな角度の表現を試していけるのが好きなんですが、演劇の舞台に立つ以上に緊張するんですよね。登壇してしばらくは手の震えが止まらなくて、二列目くらいまでのお客さんにはバレてるだろうなっていつも思う(笑)。

――ちょっと意外です。台本も持っていらっしゃるので、演劇より安心なのかと。

小池 逆ですね。「台本見てるのに噛むなよ」ってプレッシャーが(笑)。演劇なら何度も稽古をしてリハーサルも行いますけど、朗読劇の場合は、お忙しい方だと当日の朝はじめてお会いするなんてこともあって、力量が試される感じがするんです。だから、朗読劇のお仕事は楽しいしやりがいもあるんですけど、同じくらいやりたくないと思っている(笑)。「じゃあ、やめとく?」と言われたら「絶対にやります!」と答えるんですけど。そういう意味では今回の現場も同じでした。一日ごとに一話を収録していて、毎回「今日も頑張らなきゃ……」とプレッシャーに押しつぶされそうで。やりたくないけど、やりたくてたまらないという、矛盾を抱え続けていましたね。

――2012年にドラマで真紀を演じていたことは、プレッシャーの一つだったんでしょうか。

小池 ハードルの一つではありましたね。ドラマを再びなぞるようなものにはしたくなかったし、今と昔では私の作品に対する解釈も変わっているから、どうせなら違う真紀像をお届けしたいという気持ちもありました。小泉(今日子)さんの演じた麻子があまりに強烈だったから、どうしても引っ張られそうになるところはありましたし、収録を終えた今も、映像で麻子を演じられる人が他にいるだろうか、と思ってしまう。でも、じゃあ私の朗読ではだめだったのかといえばそういうことでもなくて、演じる人に人物像を委ねてくれる懐の深さがあるのが、湊さんの作品の魅力だと思うんですよね。

――それは、2012年と今とで小池さんの作品全体に対する解釈が変わったのと、近いものがありますね。

小池 そう。あの頃の私と今の私、どちらの感想も間違ってはいない。そういう読み方をさせてくれる小説って、読者を信じていないと書けないものだと思うんですよ。今回、久しぶりに湊さんと現場でお会いしたとき、私たちを緊張させないようにものすごく気を遣いながら、「小池さんの演じるままで大丈夫です。ありがとうございます」とおっしゃってくださって。私たち以上に恐縮していらっしゃる、その雰囲気がドラマの現場でお会いしたときと全然変わっていないのが、すごく嬉しかった。読者だけでなく、メディア化しようという作り手にすら、何も押しつけようとされない姿勢は、本当にすごいなと思いますし。

――でもだからこそ、読む人は勝手に心が抉られるような気持ちにさせられるのかもしれませんね。自由に、自分だけの物語として楽しむことができるから。

小池 それがいちばん大事なことだと思います。私も、いつも、表現者としては余白を持っていたいと思っていて。たとえばバラエティ番組でも、視聴者に「これってこういうものだよね」と迫るよりは、共感してもらうことでその人自身の感性をちょっとでも刺激できたら、そのほうがいいのかな、と思うんです。もちろん、人間だから、ついつい我が出ちゃって、押しつけてしまうときもあるんだけれど。たとえば今回の現場では「ちょっと声が若かったかな」とか「もう少し抑えめでいこう」と客観的に教えてくれる人がいるから、私もブレーキを踏むことができた。そうして“私”をできるだけ排除した声で、聴く人に伝わる表現が生まれていたらいいなと思います。

●プロフィール
小池栄子
1980年11月20日生まれ、東京都出身。
1998年に『美少女H』でドラマデビュー。以後、TV、映画、舞台、CMで幅広く活躍。
主演映画『接吻』では第63回毎日映画コンクール女優主演賞、『八日目の蟬』では第85回キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞、第35回日本アカデミー賞優秀助演女優賞など数多くの賞を受賞。主演舞台『グッドバイ』では第23回読売演劇大賞・最優秀女優賞を受賞した。