2022年本屋大賞『同志少女よ、敵を撃て』装画担当・雪下まゆに聞く創作論。「社会への違和感」を抱えた主人公の絵の魅力

文芸・カルチャー

公開日:2023/9/2

雪下まゆさん

 書店の店先で、2022年本屋大賞を受賞した『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬/早川書房)の表紙に描かれた青い目の少女の「目力」に心を掴まれた――そんな経験を持つ人は多いのではないだろうか。

 この印象的なイラストの作家は、アーティストでファッションデザイナーの雪下まゆさん。2022年本屋大賞にノミネートし、映画化も決定している話題作『六人の嘘つきな大学生』(浅倉秋成/KADOKAWA)、辻村深月氏のベストセラー『傲慢と善良』(朝日新聞出版)、第21回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作『レモンと殺人鬼』(くわがきあゆ/宝島社)など、数多くの話題書のカバーイラストを担当し、書店に行けば、その装画を必ずと言ってよいほど目にする、注目の作家だ。

 アーティストとして、画家だけでなく音楽・ファッションと多彩な方面で活躍をする雪下さんに、「本の装画を描くこと」を中心に、編集部でセレクトした作品のこと、「絵」の仕事にとどまらない活躍についてまで、お話をうかがった。

(取材・文=荒井理恵 撮影=島本絵梨佳)

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印象的な目力をもつ人物画は自分がモデル!?

――直接お会いして「あ!」と思ったんですが、雪下さんが手がけられた装画の人物(編集部注:『レモンと殺人鬼』『傲慢と善良』)、雪下さんご自身と似ていませんか?

レモンと殺人鬼
レモンと殺人鬼』(くわがきあゆ/宝島社)

雪下まゆさん(以下、雪下):そうですね、自分をモデルにして描いているので…(笑)。基本的にお仕事ではない自分の作品を描くときでも自分の顔を描いていて、お仕事のときはキャラクターの関係もあるのでちょっと変えたりしますが、やっぱり自分らしさはどこかに残る感じになっています。

――ご自身と物語がうまくつながっていくんですね。

雪下:私の絵を見て声をかけてくださっているというのもあると思うんですが、私に依頼がくる作品って、クラスの中で馴染めないタイプの子だったり、みんなとワイワイ話していても心の中でずっとモヤモヤ考えてる子だったりと、繊細な主人公が多いんです。私の作品とそうした主人公の顔がリンクして共感してくださっているのかな、と。

――雪下さんご自身にも、そういう「社会への違和感」みたいなものがあるんでしょうか?

雪下:学生のときから社会に馴染めなくて、みんなが笑うところで何が面白いんだろうって思ってたりとか、集団行動にも向いてなくて、ずっとひとりで「なんでここにいなきゃいけないんだろう」と悶々と考えてたりとか。いろんなことにモヤモヤ悩んじゃうみたいな性格だったので、それを絵で発散していたところはありますね。

――絵には自画像以外もあると思いますが、なぜ自画像だったんでしょう?

雪下:自分の抱えているモヤモヤを表現できるのは、やっぱり人間の顔だなと思ったんですね。静物画も楽しいんですけど、私は表現するときは人の顔がいいし、そこに自分らしさも表現できるかな、と。学生時代は友達が少なく、モデルをお願いできる人も数人だったため自分ばかりを描いていました。

――雪下さんの描く人物には「目力」を感じます。

雪下:他のパーツと比べ目を一番特別に描いているというわけではないんですが、大学のときに先生が「目は内臓の一部だ」とおっしゃっていて。それで生々しさみたいなものを大事に描こうと思うようになりました。ぬるっとした感じ、影が出ててちょっと暗い感じ、瞳が涙の成分でうるっとしてる感じ…そういうのをすごく意識して描いています。

本の装画のお仕事のきっかけは、尾崎世界観氏と千早茜氏の共著『犬も食わない』

――美大を卒業されてすぐに絵のお仕事をはじめられたのですか?

雪下:2017年に大学を卒業して、そのまま絵の仕事をはじめました。大学に在学中からTwitter(現:X)に絵を投稿しはじめて、最初のお仕事は友達がやっていたランジェリーブランドの紙袋のイラストを描くことでした。

 それから少しずつ報酬をいただけるようになり、卒業するタイミングでひとりで生活できるかなという流れでフリーランスになりました。

――小さいころから「絵」を仕事にしようと思っていたのでしょうか?

雪下:ずっと絵を描いていたので、絵に携わる仕事がしたいというのは漠然とありました。大学はグラフィックデザイン学科で広告を学んだんですが、油絵も描いていたので、絵だけ描いて生きていくか、デザインの道に進むか迷ったこともありました。結局、就職は1社だけ受けてそこを落ちた時にフリーになる踏ん切りがついてそのまま(絵の道に)。結果的には自分に向いていたかな、と思います。

――本の装画のお仕事をはじめるきっかけはなんだったのでしょうか?

犬も食わない
犬も食わない』(尾崎世界観、千早茜/新潮社)

雪下:尾崎世界観さんと千早茜さんの『犬も食わない』(新潮社)です。その前から尾崎さんがボーカルをつとめるクリープハイプのお仕事(アルバム『泣きたくなるほど嬉しい日々に』トレイラー映像)をさせていただいていたので、その流れで本のお話もいただいて。そこから立て続けに装画のお仕事をいただけるようになりました。本の装画は、日頃、絵を見ることになじみのない人でも、本屋さんなどで目にしてもらえるので、ずっと描いてみたいという気持ちがあって、うれしかったですね。

――装画のお仕事は、それまでの広告的なお仕事とは違いましたか?

雪下:最後にデザイナーさんが「表紙」として仕上げてくれるのがすごく楽しくて。ある種の共作というか。たとえば『六人の嘘つきな大学生』は、赤い文字が入ることでとても印象的なデザインになるな、と。自分ひとりで描いているだけではそういうことはないですし、さらによくしてくださる感じがするんです。

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