緒川たまきさんが選んだ1冊は?「読んだあと、さらに広がりを見せる景色。願わくば、新作舞台もそうでありたい」

あの人と本の話 and more

公開日:2023/9/15

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年10月号からの転載になります。

緒川たまきさん

 毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、緒川たまきさん。

(取材・文=倉田モトキ 写真=干川 修)

advertisement

 劇作家・演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下、KERA) さんと共に主宰するユニット・ケムリ研究室。その新作『眠くなっちゃった』を構想する際、甦ってきたのがコルタサルの短編集だったそうだ。

「今回の舞台はSFがテーマなんです。一口にSFといっても未来の要素だけでなく、日常から遠い世界を表現したものもある。この短編集はSFと銘打ってはいませんが、そんな世界観。読んでいると、日常と地続きながら非現実的な場所に逃避できそうな甘美さがあるんです」

 特に魅了された一編が「占拠された屋敷」。自我を凌駕する怖さと美しさが頭から離れなかったという。

「屋敷を占拠していくのは、ただの“音”なんです。家の壁の向こうから物音が聞こえ、その音から逃げるように部屋や廊下を封鎖し、最後には屋敷を出ていく。でも、そこで暮らす兄妹は淡々としていて、なぜか自分たちの日常を明け渡してまでも音の支配に従ってしまう。その不条理さがたまらなくて。これは、他にはないSF観だなと思いました」

「コルタサルの作品は、読んでいるときはもちろん、読み終わったあともいろんなイメージが広がり、頭の中が豊かに満ち足りていく」と緒川さん。「願わくば、今回の舞台も同じように何度も反芻して楽しめる作品になればなと思っています」

 ケムリ研究室ではこれまでハッピーエンドの群像劇『ベイジルタウンの女神』、安部公房原作の『砂の女』と、色の異なる作品を展開してきた。

「今回はKERAさんが得意な笑いを極力封印しつつ、登場人物たちが抱く哀しみや不安などにフォーカスしています。幸福とも不幸とも名状しがたい魅力的な物語の結末ってどういうものがあるのかも追求したいところです。しかも“ジャンルはSF”(笑)。皆さんが“それってどういうこと?”と思うようなものにケムリ研究室では挑んでいこうと」

 構想の元は映画『未来世紀ブラジル』。だが、これはあくまでイメージ。

「例えば、大真面目なのに観る人によっては笑ってしまうようなカフカ的な要素や、世界を支配している人間が見えるようで見えない近未来の構造など、観る側の想像力を膨らませる舞台を作りたいという発想からスタートしました。もともとSFという言葉には、その響きだけで人をワクワクさせる力がありますよね。今回はその気持ちを裏切らずに、さらにその一歩先に広がる景色を目指していきたいですね」

おがわ・たまき●映画『PU』で女優としてデビュー。映画、ドラマ、舞台などで活躍。97年、舞台『広島に原爆を落とす日』で第35回ゴールデン・アロー賞演劇新人賞を受賞。22年、舞台『砂の女』で紀伊國屋演劇賞個人賞、読売演劇大賞最優秀女優賞受賞。近作に映画『クモとサルの家族』(23年)など。

あわせて読みたい

舞台 ケムリ研究室no.3『眠くなっちゃった』

舞台 ケムリ研究室no.3『眠くなっちゃった』

作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ 出演:緒川たまき、北村有起哉、音尾琢真、奈緒、水野美紀、篠井英介、木野 花ほか 10月1日(日)より東京、北九州、兵庫、新潟にて上演
●2020年にKERA・緒川たまきにより結成された演劇ユニット・ケムリ研究室の第3弾。レトロフューチャーをテーマに追い詰められ世界を呪う人、生きることに草臥れた人、社会に怒れる人たちが織り成す異色SF劇。