『重版出来!』が11年の連載の末、完結! 「デビューし直すつもりで描いた作品」打ち切り後に開始した本作への思い。【松田奈緒子先生インタビュー】

マンガ

更新日:2023/10/4

重版出来!
重版出来!』(松田奈緒子/小学館)

 2012年9月から「月刊スピリッツ」に連載され、日本と韓国でドラマ化もされた『重版出来!』が2023年6月、ついに完結した。8月9日に最終巻となる第20集の単行本を上梓された松田奈緒子先生に、11年の長きにわたる連載を終えた心境などをお伺いした。

(取材・構成・文=成田全(ナリタタモツ))

【プロフィール】
まつだ・なおこ 1969年長崎県出身。96年『ファンタスティックデイズ』でデビュー。主な作品に『レタスバーガープリーズ. OK, OK!』『悪いのは誰』『雪月花 大門パラダイス』『少女漫画』『100年たったらみんな死ぬ』『スラム団地』『歌 文芸ロマン漫画傑作選』『花吐き乙女』『東北沢5号』『えへん、龍之介。』など。趣味は愛猫キッカを愛でること、歌舞伎鑑賞。

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■打ち切り後、初の青年誌への連載

──長期連載、お疲れ様でした。

松田奈緒子先生(以下、松田):ありがとうございます。でも「そうか11年間もやらせてもらってたんだ」と現実に戻って、ビックリしました。毎月締切を守るのに必死だったので、あまり実際の時間というのを感じてなかったな、と(笑)。

──もともとは第18集で完結予定だったそうですが、20集までストレッチされた理由は?

松田:ひとつはコロナで取材ができなくなったのが大きかったですね。実際に会ってお話しすると、相手の細かい表情などで「もっとここ、聞いていいのかな?」と塩梅がわかるんですけど、どうしてもWebの取材だと……(ここで同席していた担当編集者・山内菜緒子さんから「オンライン取材ってことですよね?」と的確なツッコミが) あ、そうです……デジタル、もう一生懸命ですよ(笑)。そしてもうひとつは、山内さんから「これ、終わります?」と言われたことですね。

──「物語が入り切らない」ということですか。

松田:15集くらいの話を描いているときに「そろそろ締めたいです」という話をして、「これも描きたいし、あれも描きたいし」「そうすると18集くらいですかね」となったんですが、17集くらいを描いているときに「これ、終わります?」と言われて、「終われないかもしれないですねぇ」「20集くらいまでやったほうがいい気がします」ということになりまして。山内さんが常に冷静にカウントしてくれていたので、急いで詰め込んでしまうことをせず、いい感じに着地できました。あとは伯をしっかり描いて、物語の中から自由にしてあげたいなというのもありましたね。

重版出来! 第3集P61

重版出来! 第3集P67
中田伯の初登場は第十四刷「才能のあるものはその才能の奴隷となれ!」(単行本第3集所収)。コミケ会場へ原稿を持ち込み、主人公の黒沢心が気に留めたことがきっかけでデビューが決まる。

──『ピーヴ遷移』を描いていた、天才的だけど人間不信だった漫画家・中田伯の成長が感じられるラストでしたね……初登場の不穏さを考えると、まさか恋までするとは思いませんでした!(笑) 改めて『重版出来!』という物語を描こうと思ったきっかけをお聞かせください。

松田:『重版出来!』の装幀をやってくださっているデザイナーの関善之さんとは以前から知り合いで、ツイッターで相互フォローしてくださっている小学館の山内さんがご近所だということを関さんから教えてもらって、それでみんなで食事をしたのが最初でした。そのときに山内さんから「連載どうでしょう?」というお話をいただいたんです。

──松田さんはそれまで女性向け漫画誌で連載なさっていましたが、青年誌は初めてだったんですね。

松田:そうなんです。実はお話をいただく前に描いていたのが『東北沢5号』という作品だったんですけど、打ち切りになったんですね。それまでの作品は自分で好きに描いて手応えがあって、「いい感じにやれてる」と思っていたんですけど、『東北沢5号』は少女誌の連載(※『Cookie』に2010~12年掲載)だったので、少女漫画らしいものを描こうと思ったばっかりに、自分らしさのあるものが描けない感じがあって。そのことでたくさん勉強にもなって、その反省から「違うところで描いてみたいな」と思っていたところお声がけいただいたんです。青年誌はやったことないし、自分が通用するかわからないけど、デビューし直す気持ちでやってみよう、と。

──連載は2012年9月から「月刊スピリッツ」で始まりました。

松田:なので、最初の頃は前の描き方をちょっと引きずっているんですよ。でもそれ以降はかなり変わってきていて。自分でも「絵のテイストが変わったな」と思いますね。

重版出来! 第1集P7

重版出来! 第20集P197
第一刷「黒沢心参上!」と最終話「重版出来!」の黒沢心。ペンタッチや表情の描き方に変化を感じる。

■点と点の間にいる“いろんな人のお仕事っぷり”を描く

──漫画雑誌の編集部を舞台にするのはすんなり決まったのですか?

松田:最初に「お仕事もので」という話が出て、じゃあ出版社の話にしましょうかということになって、ファッション誌にするという案もあったんですけど、最終的に漫画編集部にということになって、あちこち取材に行かせてもらったんです。それで関西の書店にお邪魔したときに、書店員さんが『東北沢5号』をすごい褒めてくれて、「私が売らなくて、ごめんなさい!」と謝られたんですよ。

──なんと!

松田:そのときは打ち切りを食らっていたから「私なんて……」となっていたんですけど、本を売ってくれている人がいる、という事実にビックリしたんですね。それまでの自分の中では「原稿を渡したら終わり」で、次は雑誌になって、単行本になっている、そしてときどき読者の方から感想をいただく、という“点”の状態しかわからなかったんです。でもその点と点の間に色んな人がいらっしゃることにものすごく驚いて、それで山内さんと「編集部だけじゃなくて、作家さんや裏方と呼ばれる人たちも含めた色んな人たちのお仕事っぷりを描きましょう!」ということになったんです。

──取り上げる内容やテーマは、毎回どうやって考えていたんでしょう?

松田:私が気になったことや、山内さんからもこういう問題があります、これが話題になってます、とお題を出していただけたので、毎月フレッシュなネタを取材しながら描いていけました。伺う話がいつも新鮮だったし、私も知らないことばっかりだったので、面白かったですね。でもそれは自分が何も知らなかったのが良かったのかな、と思います。ただ、取材をして面白い話を伺っても、それをどうストーリーとして練り込めるか、しかも漫画として面白く、難しくない感じにするにはどうすればいいかを考えて、遠くを見る……みたいに、毎回「これどういうふうにしよう?」と悩んでいましたけど、なんとかかんとか作ったという感じですね。あとは漫画内漫画を描くのが大変でした。一部アシスタントさんが描いてくれているんですけど、それ以外は私が全部描いています。一応話も考えるんですよ、こうなってこうなって……というのを。それが意外と時間取ったかもしれないですね。

重版出来! 第11集P88

重版出来! 第11集P89
松田先生が漫画内漫画で「売れるかも?」と思ったという『あに丸ジャンクション』。漫画内漫画のタイトルロゴもデザイナーの関さんが担当している。

──連載されていた11年間は、漫画や出版関係にとって激動の時代でしたよね。

松田:この11年はちょうどデジタルに移行する時期で、紙の本だけではなくデジタルのほうのお話も描けたので、連載が11年もの長きにわたったんだと思うんです。でもこんなに一気に変わると思いませんでしたね。振り返ってみると、激動の11年だったなという感じですよね。

重版出来! 第12集P96

重版出来! 第12集P97
紙とデジタルの両方に通用するコマ割りを考える高畑一寸。当時は「縦スクロール」によって、見開きページが割れてしまう問題があった。

──読むのも、描くのも、編集するのもデジタルになっていった時代ですよね。劇中では『ツノひめさま』を描く高畑一寸がデジタルの描き方を考える回がありました。

松田:今は小学生くらいのときからデジタルで読んでいた子が大人になって世代が上がったのと同時に、今まで紙で読んでいた上の世代もデジタルへ移ってきたので、ボリュームゾーンが大きくなっていると思うんです。また小さなガラケーからiPadなどへとデバイスも進化してきたので、デジタルの漫画の見せ方も読み方も変わってきている。その一方で「紙が好き」という人たちもいて──私もそっちのほうなんですけど──デジタルで読んでいた人も「紙の手触りが好き」となる場合もある。昔はデジタルがいい、いや紙のほうがいい、というのがありましたけど、今はどっちもいいよとみんなが思っており、両立している感じですよね。

──松田先生も新型コロナでの外出自粛の時期に、アナログからデジタルへと描き方を変えられました。

松田:これまでにも台風や雪で電車が止まることがあって、遠くからアシスタントさんに来てもらうのが申し訳ないなと思うことがあって、「デジタルだったらよかったのに」とちょいちょい思ってたんです。外出自粛のときもアシスタントさんたちは「行って、マスクつけてやりますよ」と言ってくれたんですけど、これはちゃんと自分ができるようになったほうがいいなと思って。でもウチはアシスタントさんたち全員デジタルができる人たちだったんで、一切心配していませんでした。私だけだったんです、問題は!(笑) みんなに「大丈夫です!」「何かあったら支えます!」って言ってもらって、少しずつ慣れた感じですね。ただ最初はストレスがすごくて、ヨーグルトしか食べられないくらいで(笑)。

重版出来! 第15集P158

重版出来! 第15集P159
デジタル作画へと切り替わったのは、第八十八刷「フリークライム!」から。

──『重版出来!』は2016年にドラマ化され、さらに2022年には韓国でもドラマ化されました。

松田:今はもう世界中が繋がっている感じですよね。時差なくみんな漫画を読んでるし、ドラマも見ているので。でも連載を始めた頃は日本の漫画って読まれてもアジアとか、北米がちょっと、それもアニメを好きな方がいらっしゃるなという感じだったんですけど、この11年でホントに「MANGA」で通じるようになりました。漫画家の皆さんやアニメを作っている方たち、そしてファンの方たちの熱意でそこまで育ったんだなぁ、と思いますね。

重版出来! 第1集P25
黒沢心は第一刷「黒沢心参上!」で、志望動機を聞かれて「世界」とはっきり口にしている

──でも松田先生は第一刷「黒沢心参上!」で、面接を受ける黒沢に「世界の共通語となる漫画造りに参加して、地球上のみんなをワクワクさせたい!」とすでに言わせていましたよね。

松田:そうなんですよ。最初に「世界」って書いといて、よかったなぁって思いました(笑)。

■『重版出来!』ではキャラクターが全員勝手に動いていた

──連載中はコロナ禍、先代猫ビッキの見送り、新猫キッカのお迎え、小学館漫画賞の受賞などいろいろとありましたが、印象に残っていることはどんなことでしょう。

松田:やっぱり名前を覚えてもらったのがありがたかったですね。以前は少数精鋭の方たちが知ってくださっていたのですが、今は「『重版出来!』という漫画を描いております……」と言うと「ああ、ドラマで見た!」と言われたりなど、作品を読んだことないにしてもなんとなく知っているとか、私の名前も漢字では書けないけどご存じだったりするようになりました。

──『重版出来!』で好きなキャラクターはいらっしゃいましたか?

松田:みんな好きだし、描きやすかったですね。ひとり、というと難しいけど、これまでに描いたことないタイプは主人公の黒沢心ですね。黒沢は描いてて面白かったですね。「こういう動きするのか」とか「またなんか食べ出したとか」とか(笑)。

──キャラクターが勝手に動いてくれたのですか?

松田:そうですね、『重版出来!』では全員勝手に動いてました。なのでそれを収拾付くようにまとめるのがわりと大変で……それがネームでの仕事でしたね。

──和田元編集長が新人の高畑一寸に描き方を指導して「こうだろ!」というシーンとかすごかったですね(笑)。

松田:和田さんも若いときはロン毛だったりしてね、描いててすごく楽しかったです。あと今回発見したのが、自分が読んでいて好きな漫画は、老若男女が出てくる物語なんだなってことなんです。それは自分が描くのもそうで、老若男女が出てくる物語を描くのが楽しくて、一部限定の年代や属性を描いたり読んだりするのが苦手なんだろうなって。あとは笑いがないと描いていて辛いんだな、というのも発見でした。

重版出来! 第13集P54

重版出来! 第13集P55
高畑一寸の担当編集者だった若かりし日の和田はロン毛で、ときどき回想シーンで“ファサーッ”と長髪をなびかせている。

──最終巻である第20集巻末の「重版出来! 11年のあゆみ」という漫画では、連載を終えた気持ちを「象を、かえす気持ちです!!」と書いていましたが……なぜ象なんでしょう?

松田:最初はボーダー・コリー犬くらいだったのが、遊園地とかで人を乗せてくれるおっきい象いますよね? あのサイズになった感じで。気がついたら「あ、デカい、デカい!」という。象は大きいので首輪をつけるわけにもいかないし、パンパンと手を叩いて「お水こっちだよ」と変なほうへ行かないよう、いい感じのところで生活できるように誘導していた感じですね。象なのは……たぶん月刊連載でゆっくりだったからかな、一話一話が。これが週刊連載だとチーターとかライオンで、コントロールしようとか思わないでとにかく走らせてケガがないように、という感じなんでしょうけど。

──物語は完結しましたが、スピンオフなどはあるんでしょうか。

松田:あの~、阪神が18年ぶりに優勝したので……和田さんが大変なことになっているんじゃないかなと思って(笑)。「タイガース本を出す!」とか騒いでみたりとか。ご要望があれば描きたいですね。

重版出来! 第7集P176

重版出来! 第7集P177
和田元編集長は阪神タイガースの熱狂的ファン=虎キチという設定だ。阪神が負けると機嫌が悪くなるが、仕事に私情は持ち込まない、漫画を愛するプロ編集者である。

──楽しみです! では最後に、次回作のご予定はいかがでしょう。

松田:自分は最初に絵が出てくるタイプなんです。ストーリーというより、映画の予告みたいなものがパッパッと出てきて、それを見て「なんでここでこの人が笑っている/泣いているのかな」「この人はどうも主役っぽいな」と絵をつなぎ合わせたときに、お話ができるんです。ただ今度描く話は、以前女性誌で描いていたようなタイプの話になるのかなと思います。『重版出来!』とは少し違う感じになると思いますけど、まだもうちょっと絵が出てこないとわからない感じなんですが……連載が始まったらぜひ読んでください!

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