人間が滅ぼした動物×百貨店での勤務経験から着想。映画 『北極百貨店のコンシェルジュさん』<西村ツチカさんインタビュー>

文芸・カルチャー

公開日:2023/11/6

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年12月号からの転載です。

映画 『北極百貨店のコンシェルジュさん』

 従業員は人間、お客様は動物。そんな不思議な百貨店を舞台にした『北極百貨店のコンシェルジュさん』が劇場版アニメに。
 繊細なタッチで描かれた原作マンガをどのように料理したのか、アニメならではの見どころを紹介。原作者・西村ツチカさんのインタビューを通して、マンガの制作秘話、アニメの魅力に迫っていく。

(c)2023西村ツチカ/小学館/「北極百貨店のコンシェルジュさん」製作委員会 (c)Tsuchika Nishimura/Shogakukan

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取材・文=野本由起

 絶滅種をはじめとする動物が客として訪れ、人間が接客をする百貨店──。この一風変わった作品が劇場版アニメになると決まったのは、マンガの連載が終わった頃のこと。原作者がアニメにどこまで関わるかはケースバイケースだが、西村さんの場合は基本的にノータッチだったという。

「自分はアニメをたくさん観てきていないので、良し悪しがわかりません。そのため、『何でも自由にしてください』とお伝えしました。完成した映画は、冒頭で子ども時代の秋乃が登場し、ちょっとしたループ形式になっていて。アニメならではのオリジナル要素が加わっているのが、面白かったですね」

映画 『北極百貨店のコンシェルジュさん』

 そもそもこのマンガが生まれたのは、どのような背景があったのだろうか。西村さんは、当時抱えていたある思いを明かす。

「自分はデビュー後も同人活動を続けていて、自分が描くマンガは同人誌で発表すれば事足りるんじゃないかという思いがありました。商業誌で活動するなら、多くの人に届けようという態度で臨まないと意味がありません。そこで、この作品では真剣に商業マンガに取り組むことにしたんです。作品全体のテーマを“商業主義”にすれば、自分の中にある切実さをモチベーションにできるかもしれない。そう考え、自分の経験や興味のあるものを織り込みながら、この物語を構想していきました」

“経験”とは、百貨店でアルバイトをしていた過去のこと。

「22〜23歳の頃、百貨店で1年ほどアルバイトしたことがありました。自分の担当はレジ。百貨店では販売員がお客様に応対し、クレジットカードやお金を預かって売り場から見えない壁の向こう側で会計をします。売り場にはテーマパークのような芝居がかった眩しさがありますが、ひとつ壁を隔てた裏側は薄暗くて、その差が面白いなと思っていました。レジの近くには電話もあって、高級ブランドの販売員が『100万円の新作バッグが入荷したのでいかがでしょう』と営業電話をかけていることも。同じ人間なのに、全然違う世界に生きている人もいて、まったく平等じゃない。その差はどこから生まれたんだろうと、商業主義について考えるきっかけになりました」

 一方、“興味のあるもの”は絶滅動物を指している。

「絶滅種にもいろいろありますが、特に興味を惹かれたのは人間が滅ぼしてしまった動物たち。人間に対する風刺や皮肉を込めつつ、自分もその恩恵を受けてきた人間であるという側面も描けたらと思いました」

 マンガの終盤では、北極百貨店の裏側が明かされる。それこそまさに、西村さんが描きたかった商業主義や大量消費社会に関するメッセージだ。

「コンシェルジュがおもてなしをする空間が光の世界だとしたら、その光の裏で何があったのかを感じてほしくて。とはいえ、大量消費社会を糾弾して読者の気持ちをえぐろうという気持ちはありません。『人間はこんな罪を犯してきた』とぶつけるだけでは不十分だと思い、そういった安易なメッセージは控えめにしました」

映画 『北極百貨店のコンシェルジュさん』
映画 『北極百貨店のコンシェルジュさん』

編集者とのやりとりから生まれたヒロイン像

「商業マンガに正面から取り組もう」という思いは、制作過程にも表れている。それは、編集者と意見を交わし、キャッチボールしながら描くという手法だ。

「これまではひとりで物語を考えて勝手に描いていましたが、今回は編集者と相談して客観的な視点を取り入れました。担当編集者は朝ドラが好きで、主人公の秋乃がよく走るのも朝ドラのヒロインの影響です」

 明るく元気で、仕事に前向き。今まで西村さんが描いたことのないタイプの主人公だが、こうしたヒロインだからこそ、お仕事マンガとしての面白さも生まれている。

「コンシェルジュの奉仕の精神は、人間が獲得した素晴らしいものです。参考文献もいろいろ読みましたが、中でも勉強になったのが、五つ星ホテルで長年コンシェルジュを務めた著者による本『究極のサービス』です。コンシェルジュは、困難を解決すること、しかも相手が望む以上の解決を与えることに喜びを感じられる人。コンシェルジュの人間性、精神性について知ることができ、興味深かったです」

映画 『北極百貨店のコンシェルジュさん』

 新たな試みを盛り込んだこの作品は高い評価を得て、第25回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。西村さんも手ごたえを感じているという。

「マンガの出来は、当初の狙いを達成できました。ただ、2巻の描き直しに1年以上かかり、その点では商業主義から逸脱しましたが……。一番変更が大きかったのは第7話。単行本化にあたってすべて描き直し、テーマも変わりました」

 10月には、映画の公開に合わせて特装版も発売された。2冊が特製ケースに入り、クリスマスカードもついた豪華な仕様だ。

「このマンガで読んでいただきたい部分が、2巻の9話と10話の間にある約10ページに凝縮されています。特装版は2巻でワンパッケージになっているので、全体の流れの中でその部分を読んでいただけたらと思います」

映画 『北極百貨店のコンシェルジュさん』
映画 『北極百貨店のコンシェルジュさん』

声、動き、描線……深まる職人芸へのリスペクト

 アニメでは、色彩や音、滑らかな動きによって、この不思議な世界に新たな命が吹き込まれている。

「正直に言えば、やっぱりアニメのことはよくわからないのですが、音楽や声の演技がついたのは大きいですね。マンガにも描いた北極百貨店のテーマ曲が劇中で流れるのですが、昔のCMソングのようですごくよかったです」

 声に関しては、津田健次郎さん演じるケナガマンモスのウーリーの演技が印象に残ったそう。

「マンガを描く時にはどんな声かまったく想像していなかったので、すべてが意外でした。中でもマンモスは、低くて渋い声でゆっくり話すのが印象的でしたね。マンモスと象は違うかもしれませんが、象って鼻の付け根のあたりから地響きのような重低音を出して、遠くの仲間と会話するらしいんです。そのことを思い出しましたし、マンモスの大きな体に演技を寄せるという発想が面白かったです」

映画 『北極百貨店のコンシェルジュさん』

 アニメでは、西村さんの繊細なタッチを残しつつ、色彩豊かな画面に仕上げている。映像を観たファンからは、「原作の印象そのまま」という声も数多く上がっている。

「マンガはモノクロなので、カラフルな映画はまったく新しいもののように感じました。自分はトーベ・ヤンソンの影響を受けているので、ハッチング(平行線を引き重ねる絵画の技法)のように細かく線を引いて、影や毛の質感を描く手法を多用しています。それをそのまま黒い線で表現すると画面がうるさくなりそうだし、そこまで再現しなくても絵としては成立しそうなのに、色を変えるなどして巧みに寄せてくださっていると思いました」

 コンシェルジュたちの軽やかな動き、動物たちのしぐさも、アニメならではの表現だ。

「自分は、1コマの中に同じ人物を複数描いて、アニメのような動きを表現することがあるんです。今回のアニメでは、その意図を汲んだうえでアニメとして面白くなるように実現してくださっていて。アニメの職人芸に対するリスペクトが深まりました。動物の動きも面白かったですね。エルルさんがシューッと床を滑っていく動きが気持ちよかったです」

 マンガとアニメは別ものと考えていた西村さんだが、映画を観終えて印象が変わったそう。

「マンガのテーマに関わる部分はあっさりとした印象でしたが、あえてそういう案配にしてくださったのだと思います。個人的な印象ですが、原作以上に多くの方に観られて、深い読解がおのずとより広くシェアされそうだから、ほのめかす程度にしたのかなと。その分、お仕事ものの要素が拡大され、原作を生かしてアニメを作ってくださっているんだなと感じました。マンガとアニメは別ものと思いつつ、まったくの他人が作ったような気はしない。そんな不思議な気持ちで、楽しませていただきました」

映画 『北極百貨店のコンシェルジュさん』

にしむら・つちか●1984年神戸生まれ。2010年に刊行した『西村ツチカ作品集 なかよし団の冒険』で第15回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞。他の作品に『かわいそうな真弓さん』『さよーならみなさん』『西村ツチカ短編集 アイスバーン』『ちくまさん』など。

◎映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』公開中!
原作:西村ツチカ『北極百貨店のコンシェルジュさん』(小学館『ビッグコミックススペシャル』刊) 監督:板津匡覧 脚本:大島里美 キャラクターデザイン・作画監督:森田千誉 アニメーション制作:Production I.G 声の出演:川井田夏海、大塚剛央、飛田展男ほか 配給:アニプレックス
来店するお客様は、すべて動物。そんな不思議な「北極百貨店」で、コンシェルジュとして働き始めた秋乃。時に失敗しながらも、悩めるお客様に寄り添う秋乃の成長ストーリー。

『北極百貨店のコンシェルジュさん』の映画情報はこちら

映画 『北極百貨店のコンシェルジュさん』
映画 『北極百貨店のコンシェルジュさん』

◎原作 特製クリスマスカードつき!
『【特装版】北極百貨店のコンシェルジュさん2巻セット』
西村ツチカ 小学館ビッグCスペシャル 2398円(税込)
*①が特装版。②は特製クリスマスカード。③は通常版として全2巻各866円(税込)でも発売中。

『【特装版】北極百貨店のコンシェルジュさん2巻セット』『北極百貨店のコンシェルジュさん』