阿川佐和子さん「無理にコミュニケーションは取らなくていい」“対話の達人”に聞いた現代社会の会話のヒントは、強迫観念を捨てること【インタビュー】

文芸・カルチャー

PR更新日:2024/2/22

阿川さん

 大ベストセラーとなった『聞く力 心を開く35のヒント』(文藝春秋)に続き、このほど上梓した『話す力 心をつかむ44のヒント』(文藝春秋)も大好評の阿川佐和子さん。長年『週刊文春』の対談を担当されている「対話の達人」によるコミュニケーション指南とあって注目が集まるのも当然だろう。そんな阿川さんにセンシティブな「現代のコミュニケーション」についてお話をうかがった。

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最初は「相手の気持ち」を考えることから

――『話す力 心をつかむ44のヒント』が現在10万部と大ヒット中ですね。

阿川佐和子さん(以下、阿川):10年前に『聞く力』で初めて新書を出したんですが、最初こそ「新書なんて書けない」と思っていたんです。学術的な匂いがするのに、私にはぜんぜんノウハウないですから。そのときちょうど『週刊文春』の対談が20年で、担当の方から「エピソードをひとつずつ書けばいいですよ」って言われて、書くことにしました。ただ「大事なことは○○です」と解説なんかできないけれど、結果として「これは大事だ」みたいに思うことは出てきて。だから説得力を持たせるためにも大事なのはやっぱり「エピソード」だと思いました。エピソードを書かないと、私という人間の説得力が生まれませんからね。

――前作の『聞く力』と今回の『話す力』は、セットでコミュニケーションの基本をテーマにしています。どちらも反響がいいということは、それほど悩んでる人が多いのかな、と。

阿川:どうでしょうか。ただ書いてからネットで見ましたが、『話す○○』という本は山のようにあって、ほんとに需要の高いジャンルなのだろうと思います。私の場合は「どういうことで悩んでいるんだろう?」ということを書きながら考えていきましたが、たとえば初対面だと話題に悩むよな、とか、エレベーターの中は沈黙だよな、とか、具体的な場面をなるべくイメージするようにしました。あとは「人前でスピーチ」も苦手な人は多そうだと思って入れましたね。実は私もスピーチは得意ではないので、何が嫌か、何がつらいかを考えて書きました。

――阿川さんも苦手なんですね? なんだか安心します。

阿川:前もって原稿を作っておいたら安心なんですが、どうしても「読む」作業になってしまい、いくらジョークを入れても効果が薄くなってしまうので、私はスピーチであっても何も準備しないことが多いです。やっぱり聞いてくださる方々の顔を見て思いつくことってありますからね。順番が1番目だとしんどいですけど、何番目かだと「この人さすがだな。この話題なら私も引き継げるな」と、前に話した人の話をちょっといただくとか、現場に行って気がついたことを入れたりすると聞いてくれる方も理解しやすいし、「生」な場が生まれるように思います。

――とはいえ阿川さんの経験値はずば抜けていて、普通の人にできるかな、と。

阿川:これは『聞く力』に書きましたが、対談のゲストがいらっしゃったら「ゲストが今どんな気持ちでいるか?」をなるべく気をつけて話すようにしています。たとえばスーツケースを2つ持って部屋に入ってこられたら、「どういうこと?」って思いますよね? 「ご旅行の帰りに直接?」「これから成田、あら大変!」とか、そういうやり取りでゲストの気持ちを「聞き手もわかっている」ということを伝えられると思うんです。その人の気持ちがどこにあるかに気をつけるのは、筋力と同じ感じで習慣的に鍛えています。

――確かにそういうことなら普通の人でもできますね。というか、人と接する時の基本でもありますね。

阿川:そうですね。普通にお客様を家にお招きするのと同じことです。それでちょっと和んだら、「私のほうが○歳上だぞ!」なんて調子でほぐしてみるとかね。

阿川さん

「言葉選びの時代」にはどう向き合う?

――今は「コンプライアンス時代」といわれ、過剰に「話すこと」にセンシティブになっている時代でもあります。そのあたりはどう思われますか?

阿川:それは本当に、特に若い世代は難しいと思うんですよ。だから今、反動がきていると思います。たとえばトランプ元大統領が「差別をするぞ、おれは!」みたいな大っぴらな感じで出てきたら、支持する人が意外に多かったということはずっと我慢していたからだと思うし、やっぱりストレスがたまっていたのかなと思いました。以前、私が5cmくらい髪を切ったことがあったんですけど、そのときに会った男性スタッフたちは誰も何も言わなくて、楽屋にいたスタイリストの女の子は「あ、髪切りましたね」と声かけてくれました。「さっき廊下で5人くらい男の子に会ったけど、誰もそのことに触れなくて。気がつかないのかしらね?」って話してたら、気のおけない男性スタッフが「気づいてるけど、言えないんですよ!」と。「そういうことは言っちゃいけないことになってる」って言うから、「なんかかわいそうだな」って同情しました。本にも書きましたけど「そのネクタイ素敵ですね」とか「おしゃれですね」とか見た目のことは共通して入りやすい話題なので、会話が次に展開していきやすい。でもそこがストップされると、どうしていいかわからないですよね。

――やはり阿川さんも困られますか?

阿川:あんまり気にせずにしているから、「セクハラ」って言われるかもしれないです。ただ、セクハラもパワハラも個人差があると思います。この人に同じセリフを言われても気にならないけど、この人に言われるとセクハラ、みたいな主観的なところがあるというか。言葉選びの規制は度を過ぎてしまったから生まれたのは間違いないですが、だからといって100%ダメにするというのは行き過ぎではないかと思います。

――応援の気持ちで「がんばれ!」と言ったのもパワハラになるというのもあって、どう言葉を選んでいけばいいのか悩まれている方もいそうです。

阿川:距離感というか、やはりその人との信頼関係ができていれば、少々言い過ぎてしまっても「だめですよぉ、そういうのは、今の時代」とか言えば許されるところもあると思います。初対面や普段の関係ができていない場合は難しいかもしれませんが、その人との信頼関係ができたと思ったら、少し緩めてもいいんじゃないでしょうか。初めて会った人でも、ちょっと和んだら、「セクハラになったら申し訳ないですが、その髪型素敵ですね」とか伝えれば、問題のない会話になると思いますけど、ダメかしら。ただ、あんまり他人行儀な言葉ばっかり使ってるといつまでたっても公式対面みたいな感じになるので、どこかで自分のドジなところを見せたりするのも必要だと思います。

――直接話すよりSNSやメールが一般的になった時代は、人と人の距離が測りにくくなっているところもありそうです。

阿川:それについては私にはもうわからないですね。電話もしなくなってきてるんですって? そんな中での人との距離感って正直わからないんですよ。見知らぬ人と電話で話す機会なんかほとんどない人も多いでしょうが、昔は相手が誰だかわからない電話に子どもの頃から対応していましたからね。それがエライとかいうことではなくて、ある意味「免疫」がついてるわけです。本にも書きましたけど、たとえば道がわからない時、私はすぐにそのへんにいる人に聞いてしまいますが、若い人はそうしたくなくてスマホでなんとかするって言います。「人見知りなんです」と先に宣言する子もいますが、そうやって周りに気を遣ってもらうのは、言ってはなんですが「甘え」の構造です。私だって、言わせてもらえば人見知りです。でも、物事を進めていこうとしたら乗り越えざるを得ないじゃないですか。でも生まれた時からデジタルが身近にあった人たちは私たちとは脳の構造が違うのかもしれないですね。だからといって「昔のようなアナログ人間の勢いを出せ」と言うのも無理でしょう。しかもこの先の時代はロボットですしね。喫茶店で目の前に店員さんがいるのにタブレットから注文って「どうして?」ってなりますけど(笑)。

阿川さん

そんなに必死にコミュニケーションを取らなくていい

――「対人間」だからこそのコミュニケーションの面白さってありますよね?

阿川:インタビューの時に相手に「○○ってなんですか?」と質問して、相手が「これこれこうで」と答えてもらったらそれで終わります。でも私は「どうしてこの人はその言葉を選ぶんだろう」「案外癖があるな」など、その人がどんな人柄なのか、どうしてこの研究をしてるのか、といった余計なことに興味が出てきます。それはデジタルに依存してるとできないんです。デジタルは余計なことは出てこないし、素敵だなとか思うこともできない。実は日本人は一問一答よりも余計なことを大事にするというか、対談などでも横道にそれたほうが好きだったりするんです。この人、なんか楽しそうだなとか、そういうことを大事にする会話というのが、本来日本人は得意としていると思います。それならばやはり「相手をよく観察する」ことが必要になる。相手を観察して様子がわかってくれば、質問は自ずと浮かんできますし、もしあまり機嫌がよさそうじゃなかったら静かにしてようかな、とかも考えられます。

――本の中に「しゃべらなくてもいい」と書かれていてすごく気持ちが楽になりました。

阿川:そういう強迫観念にさいなまれてる人もいると思いますけど、「この人は無理に話しかけなくても大丈夫かな」と思ったらしばらくしゃべらなくてもいいと思います。そういうことも相手を観察すればわかります。息のリズムとかが自分と同じわけがないんだから、「違う」と思ったらそっちに合わせて、調子にのってきたら自分のリズムで、という感じですね。

――消耗してもしょうがないですからね。

阿川:そうですね。なんだか世の中が「コミュニケーション」って騒ぎ過ぎているようにも思います。みんな「きちんとしたコミュニケーションとらないといけない」と思うこと自体が間違いで、取りたくなければ取らなくていいんですよ。世の中にはおしゃべりな人と無口な人がいて、一人でいたい人や、話を聞いているだけでいいという人もいます。そんな自分のペースを大事にしていけばいいんです。どこもかしこも同じように「正しいコミュニケーション能力」を身につける必要はなく、つまり「こんな本なんか読むな!」ってことですかね(笑)。

――いやいや(笑)。いろんなパターンがあっていいということで、この本からヒントをもらって気が楽になる人はたくさんいると思います。

阿川:私はたまたまおしゃべりですが、世の中みんな同じではないですもんね。でもそれでいいんじゃないでしょうか、「私」の時間と場所を持っているならば。もちろん最近の日本語の語彙の少なさには驚くこともあるので、やっぱりある程度の歳になったら時と場合で言葉を使い分ける能力を身につけるとか、こういう本で何かしらのヒントを得てもらえたらうれしいです。ただ、そんなに必死にコミュニケーションを取ろうと思わなくてもいいのでは?とも思いますけどね。

取材・文=荒井理恵 写真=内海裕之

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